幼い我が子が自分の体に顔を埋めて抱きついて言いようのない
寂しさを紛らわそうとしているときだった。
滅多に植物園に足を踏み入れない兵士がばたばたと慌ただしく走って来て
肩で息をしながら平伏する。
フォレガータが眉を潜めてカントの背中をさすってやるとルーシーが
さっと気を利かせて二人の子供を椅子に促し、紅茶とスコーンを勧めた。

「ドゥシャン将軍が今指揮を執っています」

「ならばそのまま将軍に任せよ。城下への被害はないのだな?」

「今、確認中です…!」

「コーツァナか…」

「いかがなされますか」

「いかにもなにもない。とにかく停戦への呼びかけを進めよ。私もすぐに向かう」

空気がピンと張り詰める声で兵士へ命令すると兵士は覇気を込めた返事をして
駆け足で植物園を後にする。
一息吐いてフォレガータが幼い子供二人を振り返ると、二人は
イソイソとルーシーから袋を貰ってその中に自分達の分のスコーンを詰められるだけ詰めていた。

「かあさま、お腹が減ってはいけないからルーシーのスコーンを
持って行ってください!」

「かあさまがんばって、カントもお手伝いできるよ!お手伝いする!?」

「いや、今はまだいい。だが手伝って貰うときになったらうんと働いて貰うからな」

我が子をぎゅっと抱きしめて安心させてやろうと思っていたが
どうやら安心したいのは自分のようだった。
自分の判断一つで何万もの人の命や生活が脅かされるのだと思うと不安で仕方なかった。
こんな時にアガタがいてくれたらと思うが対等に話をしてくれるその人はいない。
情けない自分を心の中で罵りつつも誰にも悟られないようにフォレガータは精一杯の
笑顔を作った。
子供達をルーシーに任せてフォレガータは言葉通りすぐに執務室へ戻った。
部屋の前にはすでにかき集めた情報を持った二人の臣下が女王の登場を静かに待っていた。
軽く手を上げると片方の臣下が扉をさっと開いて女王を中へ促す。
颯爽と自分の机に向かうともう一人が手に持っていた数枚の紙を
手早くめくってそのうちの一つを読み上げた。

「さきほどからひよみの鳥にてコーツァナ国へ停戦の呼びかけをしておりますが
どれもつき返されて…門前払いです」

「…コーツァナの目的は何だ」

「コーツァナ国へ下れと」

赤髪の男は持っている書状を読み上げた。
その紙の紐にはコーツァナ国の国章が縫い付けられている。
頭を抱えた女王の返事を男が辛抱強く待っているとフォレガータは溜息交じりに呟いた。

「ノグとコーツァナとユルドニオの三国で均整が取れていると言うのに、なぜわざわざ崩そうとする…」

「やはり、中央の魔女ですか」

「アガタも持って行かれたしな。とは言え軍事で言うならばノグが上だぞ。
それくらいあちらだって理解しているはずだ」

「アガタ様を投入してくるつもりなのでは…?」

眼鏡を掛けた扉を開けた女が取り繕う様子もなく言った。

「それも確かにあり得る。とにかく民を守るのが先決だ。戦争うんぬんはそれからだ」

「将軍が現場を指揮していますのでそちらは心配ないかと」

「万が一を考えろ。最終的には国民を城内へ匿うこともあるだろうからその準備も怠るな」

「すでに手配しております」

「さすがに仕事が早いなパメラ」

「陛下には是非とも王座でふんぞり返っていてくださってほしいので」

パメラは少し得意げに眼鏡をくい、と手で上げる。
報告書をばさばさとはためかせた赤髪の男は溜息をつく。

「ふんぞり返るなどと人聞きの悪い。そう言う時は高みの見物をなさっていてください、と言うべきだ」

「あら、ディオンの言葉だって似たようなものじゃないの」

「お前ら、喧嘩している場合じゃないだろう。さっさと動け」

「そう言うお前はどこにいたんだよヘラルド」

「お前が一番働いていないの分かってるの?ヘラルド」

まるで最初からその男がいたかのようにパメラもディオンも声の主の方へ振り返って言った。
ヘラルドはいつの間にか部屋の扉に背を預けて腕組みをして立っており、
ようやく揃ったまだまだ若い重役にフォレガータが一喝を入れる。

「お前達は私の雷が欲しいのか?」

「も、申し訳ありません陛下!」

「何を焦っておいでですか陛下。
歴代の女王よりも優れた才をお持ちと言われる貴女様が。
アガタ様がいらっしゃらないから、不安ですか?」

「ヘラルド!」

「そうだな。キリもいない。他にも魔術師がいるとは言え二人の
足元にはおよぶとは思えない。戦力は欠ける」

「ただしそれは戦に『協力する』という前提の話ですよね?
特にアガタ様は国の為に貴女の横にいるわけではない」

「そうだな」

「我々はアガタ様が来る前から、来てからも、一度たりとも
あのお方のお力を当てにした事はありません」

「それで?」

「アガタ様がいなくても、国を護りぬいてみせます」






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