13

その後はただ風の精霊にされるがままキリは体を動かす羽目になった。
自分でしたくても風の精霊が手足をしっかり掴んで自由にしてくれないのだ。
術者としてはこの上ない屈辱なのかもしれないが頭の中が真っ白になったキリにとっては不幸中の幸いで或る。
音楽が終わる頃にはウルズラよりも十分すぎるほどに目立ち、心なしか時々王様とも目があってなんだか複雑な気分だったが成功とまではいかずとも失敗もしていないだろうと胸をなで下ろす。
勿論、他の踊り子達からの非難はすさまじいものだったがもともと踊り子では無いキリには関係の無い嫉妬であった。

「すごいわねキリ!」

「いや、アレ俺じゃなくて風の精霊が…」

「そうなの?」

「うん、俺途中で頭真っ白になったし」

「魔術師ってなんでもできるのね」

「本当はいけない事なんだよ」

ぽそりと呟いてキリは本来の目的である王様への誘惑へと気持ちを切り替える。
何度か意味ありげに目配せしてやれば王様は面白いほどにキリの動きに何かしらの反応を見せていた。
美人であれば誰でもいいのかとキリは少し呆れたがウルズラから
興味が逸れてくれるのであればそれ以上の事は考える必要は無い。
踊り子達が一旦広場から引き上げる時間になると
すれ違う踊り子達に嫌みったらしく小言を言われながら
キリはほんの少しだけ落ち込みつつも王城の人間から声をかけられるのを待った。
王様の反応を見ていれば好感触だったので上手く事が運ぶとは思うが
不安がないわけではない。
最後の踊り子にこれでもかと睨み付けられたすぐ後、足音を潜めるように
一人の中年の男が近づいてきた。
キリは緊張してへまをしないように深く息を吸ってゆっくり吐く。
男はキリに王が呼んでいるから一緒に同行するようにとだけ短く伝えるとすぐに
きびすを返してもと来た道を帰っていく。
広い広場は人々であふれかえっているのでわずかな隙間をぬうようにして男が歩いて行くのでキリもそれについて歩いた。
時々人の波に押されて苦しい思いもしたがようやく開けた場所へたどり着くと
そこは他の場所とは少し違ってゆったりとした時間が流れているようだった。

「名前はなんという」

「えーと、キ、キティ…です」

『随分と可愛らしい名前を考えたなぁ』

(うるさい浮かばなかったんだ)

慌てて口をついた名前を小馬鹿にされるとキリは横でにやにやと笑う風の精霊に
文句をたれる。
小声で囁いたのも勿論だが音の『伝達』を二人の間だけにとどめているのは
風の精霊の魔法のおかげだ。
他の人達の耳に届くキリの声も上手く風の精霊がコントロールして
人間が心地良いと感じる音を聞かせている、らしいが、
それなら最初からそうして欲しかったと思わざるを得ない。
けれどもその『気まぐれも』風の精霊の特徴なのだった。
男は何枚ものヴェールが天井から吊されている一角にたどり着くと
ようやく振り向いてキリの身なりをつま先から頭のてっぺんまでよくよく観察した。

「王がお前の事をお気に召したと仰っている。今後は
王宮へ入り、王のそばで…」

「申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」

「なんだと?」

「王のおそばでお仕えするのは構いません。ですが
他の女が周りにいるのであれば、お断りさせて頂きたいのです」

「なんと無礼な…!」

「ならばやはりこのままお断りさせて頂く他は…」

キリはしなりを作って従者と思われる男へ視線を流す。

「待て、わかった。王に伺ってみる」

慌てた男はキリをまずはその場に止めおくと、更に奥の、
薄いヴェールがかかった広間の隅へと消えていった。
男の姿が見えなくなってキリは一つ溜息を吐く。
今ここにタクトがいたなら羞恥心で消えてしまいたくなっていただろう。
金輪際、こんなまねはしたくないと心に決めたキリだった。









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