雇われの身である少女がそうそう長話をしていられるわけもなく
厨房の奥から叱責の声が上がると彼女は、名残惜しそうに自分の仕事へ戻っていった。
他の客の注文を聞いては、食事を配膳して行く姿は、先ほどの踊りの軽やかさが見て取れて、他の客の何人かは彼女の華麗なステップに見惚れている者もちらほらいる。
そんな彼らに混じってそれを傍観しながら食事をしているタクトと、
自分の腹を満たす事だけに一点集中しているキリは、少しばかりの休息をじっくりと味わっていた。

「お前さあ…ほんっと、色気が無いっつーか…」

「は?こぼしてないけど」

「そう言うことじゃねえよ。女にぐらい興味持てって言ってんの」

「意味がわかんない」

キリは、口へ運びかけたフォークをいったん下ろして眉間にしわをよせて首を傾げる。

「あのアガタだって結婚したんだぞ。俺らだっていつかそう言う時がくるんだから。
ましてやお前は第一…じゃなかった長男なんだし」

「…家はカントが継ぐし、別に重要じゃないと思うんだけど」

「…タクトあの子が好きなのか?」

「ちげーよ馬鹿!!もう!馬鹿!」

「なんだよ!」

今度はタクトが勢いよく頼んだオムライスを口の中いっぱいにかき込み、
それ以上はなにも言わなくなったのでキリも少しむすっとしながら
キリの顔の二倍の大きさの皿に盛られていたパスタはすでに半分ほどになっていたが
またもそもそと食べ始めた。
母親譲りの大食いと言いたいところだったがキリはフォレガータとは血のつながりは無く、元々彼が大食漢だったと言うことのようだ。
初めてこの事実を知った時はタクトも穴が開くほど彼を見つめた記憶がある。
二人はぺろりと皿の上のものを平らげて、最後に水で喉を潤し、代金をそのままテーブルに置いて店を出る。
これから今夜は少し寒い風にあたりながら固い地面で眠るのかと思うと
憂鬱の海へと身を投じてしまう。

「待って!二人とも!」

「あ」

「ねえ、私の家でなければいいんでしょう?ちょっと汚いかもしれないけど…
その、使っていない小屋があるの。少し掃除しなきゃいけないけど風よけぐらいにはなると思う」

「あのさ」

大慌てで店から飛び出して必死に走ってきた少女は、息を切らしながら言う。
キリはやや間を置いてから声のトーンを少し落として話す。

「そこまでしてもらうような事してないし。別にお礼をしてもらおうと思ってしたわけじゃないから」

「私だって、そんな事思ってないわ。本当に嬉しかったからお礼したいと思ったのよ。それがいけないこと?」

息を整えてから少女は真剣な眼差しでまっすぐにキリを見つめてきっぱりと言い切った。
何も言えなくなったキリが口ごもっているとタクトがキリの肩に手を置く。
気に入らなそうな表情の友人の顔を覗き込んでにやりとし、その金髪の頭をぐしゃぐしゃと子供にするようにしてなで回した。

「はい、キリの負け。じゃあ悪いけどお言葉に甘えようかな。こいつ、ちょっと人間つきあい苦手なんだ、悪いね」

「ううん。私も無理を言っているのはわかるし。ごめんなさい」

「お前は。言い過ぎたんじゃ無いのか?」

「…ごめん」

「あはは、あなたたち兄弟みたいね、ええと…」

「俺がタクト、こっちはキリ」

「私は、ウルズラ。よろしくね」





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