宿屋の外で待っていたタクトは肩を落として店から出てくるキリを見て緊張していた体の力を抜く。

「やっぱり駄目だったか…」

「どうする?」

「こりゃ、外まで戻って野宿だな」

そう会話した後に、疲れたねーと楽しそうに談笑しながら宿屋へ入って行く家族を横目に二人も疲れたようにため息を吐いた。
寝泊まりできる場所があるだけ幸せではないかと言いたかったがやめた。

「宿とれない分、なんかうまいもの食おう」

「そうだな」

ふかふかベッドがごつごつした地面になった切なさの余韻を残しながら、二人はどちらからともなく飲食店が立ち並ぶ通りへ足を向ける。
宿屋もそうであったが、こちらもまた、もともと賑わっているところへ観光客が加わったものだからすごい人だかりになっている。
外から店の中を様子見すると満席で何件か同じことを繰り返していくとようやく
空き席見つけて二人は滑り込むように店の中へ入って行った。
窓側の空き席へ腰を下ろしてやや暫くすると店員が注文を尋ねにやってくる。
それぞれに食べたいものを注文すると店員は、慣れた手つきでメモをして厨房へと消えていった。
店から見る通りは交差する人で溢れて、誰もかれも歩きにくそうなのに楽しそうに談笑しながら歩いている。
声が聞こえないのでどんな会話をしているか知れないが、家族や友人と歩いている人たちを見ると大体どんなことを話しているのか想像してみると料理が来るまでのいい暇つぶしになった。
お待たせしました、と明るい声と共に二人の料理がやってきたはずなのだが、不思議なことに中々テーブルへ乗せられない。
どうしたのかと店員の顔を除くと店員の少女が穴が開くほどにキリを見つめていた。

「あなた…!また会えるなんて!」

「えっ、誰」

「その声もしかしてさっきの…?」

声の主にいち早く気が付いたのはタクトで少女が嬉しそうに相槌を打つのだが、肝心のキリはいまだに誰かわかっていないのかきょとんと二人の様子を見つめていた。

「嬉しい、お礼を言いたいと思っていたの。あなたのおかげで私、今度王宮で踊れることになったのよ」

少女は、頬を紅潮させて興奮を抑えきれない様子で二人の料理をテーブルに置きながら言った。
『あなたのおかげ』とは踊り子を転ばせた方なのだろうか?やや怯えながらキリは、何かした?と尋ねる。

「あなた、魔法で私をステージに戻してくれたでしょう?それがきっかけでたまたま見に来ていた王宮の人が声をかけてくれたの。魔法を使ったのは私じゃないって言ったんだけど、私の踊りが気に入ったと言ってくれて。きっかけを作ってくれたあなたにお礼が言いたかったのよ」

「ああ、そっち…」

「そっち?」

「いや、こっちの話」

「?よくわからないけど…ねえ、よかったらここのお代、私に払わさせてくれない?」

キリはようやくありつけた料理を頬張りながら興味がないのかいらないと首を振ったが少女は納得いかない様子で食い下がる。
気が済まないのだと主張する少女に少し困ったようにタクトが苦し紛れに尋ねてみた。

「えーと、それならどこか泊まれるようなところないかな?聞いて回ったらどこも満室だって言われて…」

「まあ、あなたたち、宿が取れなかったの?それならうちに来ない?狭いところだけど…ベッド2つくらいは用意できるわ」

「えっ君の家、宿屋なの?」

「違うわ、普通の一般家庭よ。ちょっと貧乏だけど父と二人暮らしだから、お客さんが来てくれると父も喜ぶと思うし!どうかしら?」

「「あっじゃあいらない」」

「ええっ」

「俺たちの国では女の家に泊まっちゃいけないって古いしきたりがあるんだ」

「で、でも父もいるし…」

「ありがたいんだけど、そう言うきまりだから」

「不思議なしきたりがあるのね」

「別に訪ねたり遊びに行ったりするのはかまわないから、普通だろ」

心底感心して少女が言うとキリは素っ気なく答える。
ノグ国は女王制になってから、彼女の言うような他国にはあまりみられない古いしきたりができた。
当時は、特に男性が反発していたらしいが、だんだんと女性も自分たちの能力を発揮していくとやがて誰も文句を言わなくなっていったそうだ。








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