12

酒場と言えばイオウにとっては下町の小汚い店しかしらなかった。
貴族たちが行くような洒落た店の事などとんとわからないので
正直に答えると彼らはそこでいいと言う。
いいと言われても実際は行ってみれば人と人をかき分けなければ先に進めないし、
客たちは酒が入っている分にいつもよりも殺気立っていてあちこちで
喧嘩が始まる次第だしととにかく安全性がうかがえないのだ。
そんなところへ二人を連れてはいけないと首を振ったが二人はどうしてもとイオウを押して頼み込む。
いよいよ断りきれなくなるとイオウはため息をつきながらしぶしぶその場所へも案内することになった。

「無理言ってすいません」

「すぐ済むんで」

「え?済む?」

「どっち行く?」

「俺の方が多分目立つ」

「よっイケメン」

「うるっさい!」

本当の事なのになあと一人で呟いたタクトを残してキリが使い古されたカウンターのテーブルへひょい、と登る。
その振動でテーブルの上に置かれたグラスや皿が揺れて何人かがキリを見上げて不満そうに睨みつけたり、怒鳴ったりしているがキリは何かを探しているようで
無反応だった。

「『花の中から精霊が出てきた。精霊は子供をつれて自分の巣に還る。巣はわからない。子供は水辺からやってきた。こともは沈黙している。精霊は子供をあやすために暖炉に火をともした』」

「おお、なんだボウズ。なんかの昔話か?」

「吟遊詩人か?」

「俺は吟遊詩人じゃない。この詩を歌った人がメルンヴァにいると聞いた。知らないか」

何人かはキリの言葉に耳を傾けてくれていたがほとんどは自分たちの話に夢中で視線すらよこさなかった。
聞いてくれていた男たちはと言えば知らないと首を横に振るのでキリは、収穫はないのかもしれないと諦めて軽やかにカウンターから降りると、店のマスターに
土足で上がるなと怒鳴られてしまった。
なんとか宥めてマスターの怒りを収めると急にタクトに腕をひっぱられた。
キリは大慌てでもつれる足を動かしてなんとか転ばないように店の客を押しのけて酒場を出る。
あたりを見渡すと一人の男が走っていくのが見えた。

「いた!」

「ちょっ…!どうしたんですか!」

「俺らあの人追いかけるんで!ありがとうございました!」

「ええ?!ちょっと待って…!」

ボロボロのマントを羽織った男を追いかけていく二人の後をイオウは反射的に追っていた。
訓練でよく走っていたのでさほど苦も無く追いつけたが、彼らもなかなかどうして足が速い。
一人はもともと兵士志望らしいのでわかるが、キリもこれほど足が速いとは、思えなかった。
城で会ったときはどこかぼーっとしている風があったからだ。
もともと男は走るのが得意ではないのかみるみるスピードダウンしていきとうとうヘロヘロになって地面に倒れこんだ。
それでも彼なりに必死に逃げたらしく男は冷たい雪に体を預けながら肩で必死に息をしている。

「水辺の子供が連れていかれました」

「そんな…、事言われても!俺には…げほっ…、何もできないぞ!」

「あなたに何かしてもらおうとは思ってません。方法が知りたいんです。俺がやりますから」

「…お前なんなんだ?」

男は、いまだマントから顔を出さないままキリの言葉に慎重に尋ねた。
キリは、ようやく話を聞いてくれる男にいくらか胸を撫で下ろして努めてゆっくりと
答えることにした。

「東の魔術師の弟子です。西の魔術師ですね」

「あの偏屈の弟子か」

「魔術師で偏屈はお互い様でしょう」

にっこりとキリは笑っていたがどことなくその表情には温度が無いように見えた。










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