少年は走った。
自分の記憶が間違っていないのならば、今見たものはとんでもないものだ。
小国ではあるものの、それでも他国からの外交であれば必ず城へ連絡がくるはずだ。
連絡が来ていたのなら必ず、末端の兵士にまでも指示が下っているはずなのだ。
それがないと言うのは、それはすなわち彼らが忍びでこの国を訪れているということになる。
その理由はわからないがとにかく、イオウは、見慣れた街並みを滑るように駆けて行った。
近づいていくにつれてその姿かたちがはっきりしてくる。
金の髪に緑色の瞳、背丈は自分よりも少し高いくらいか、それでいて
体が薄いとは感じずに程よく鍛え上げられたように幅は厚い。
彼の父もそうであったが彼自身も後ろ姿がよく似ていた。

「キリ皇子!?」

「えっ」

「おお?」

イオウはキリの前で呼吸を整えようと屈んでいると辺りの町の人たちが皇子と言う言葉に反応して注目する。
軽装ではあるものの明らかに兵士であることは見て取れる少年に顔を顰めてキリは
そっと後ずさりする。
どこかで見たことがあるのだが思い出せない。
思い出せないけれど自分が誰だか知っている人物が面倒じゃないことなんて今までなかった。

「キリ皇子ですよね…はぁ…どうしてメルンヴァに…!」

「えーと、人違いじゃないですか」

「めんどくさがるなよ皇子サマ。ちゃんとあいさつしろって、陛下も仰ってただろ」

「面倒だからそう言うの名乗ってないんだろ。ややこしくするなよ」

「ややこしくしてんのはお前。お前が逃げないできっぱり断ればそれで済むのに、逃げるから面倒になるんだよ、いい加減自覚を持てよ変なところで無自覚だな…」

「他人事だと思って言いたい放題…断るのだって結構面倒なんだぞ。はじめは兵士、次は隊長、次は指揮官、次は…って何時間も待たされる身にもなってみろ」

「だから逃げるのか?俺たち兵士はお前に逃げられる度に上から大目玉食らうんだぞ」

「あの…」

「「あっ、すいません」」

以前彼を見た時は物静かで雰囲気の柔らかい少年のイメージだったはずだが、
まるで自分たちと変わらず声を荒げて不平不満をぶつけているものだからイオウは呆気にとられた。

「もしかして、お忍びでしたか?」

「あ、はい、そうです。だから内緒にしててください」

「イオウにーちゃーん!この人皇子さまなの?」

「げッ、トナ、静かに!」

言ってるそばから近くにいた小さな男の子がイオウに駆け寄ってきて大声で言うと
また周りがざわめきだした。
慌てて子供の口をふさぐが、後の祭りで近くにいた兵士たちもが何事かと近寄ってくる。
いよいよ人だかりが三人の周りにできてキリが盛大に嫌な顔をするのをイオウは横目で申し訳なさそうにちらりと見た。
一緒にノグ国へ行った兵士たちがキリの姿を見るや否や、その場で恭しく敬礼をしたのでようやく街の人達も金髪の少年と黒髪の少年がどこかの国の要人なのだと理解した。
そうやって人が増えていく度にキリが顔を見られまいとうつむいて地面に視線を向けていく。

「どーすんの、これ」

「半分はタクトの所為だ」

「俺かよ。もう半分は」

「……俺、ですよね…」

きれいな金色の髪の隙間から視線を感じてイオウが委縮しながらぼそりと呟く。
なんとか詫びなければとイオウはしばらくどうしていいか考え、意を決して顔と声を上げた。

「すいません、見なかった事にしてください!」

「何言ってるんだイオウ!これが陛下の耳に入ったら打ち首どころじゃないんだぞ!?」

仲間の兵士が早く城へお連れしろと急かすがイオウはキリとその隣にいる少年の気迫を感じとって首を横に振る。
事情はわからないが、ただ城に入るのを嫌がっているだけとは到底思えなかった。



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