貰った本をぺらぺらとめくると、流し読みではあるがそこには
北の魔術師がこれまで生きてきた中で作り上げた魔法陣や、魔術の説明が
びっしりと書き込まれていた。
魔術師にとって本は命の次に大切なもので死ぬまで誰にも見せない事もあるし、
師匠から弟子にしか継承させない場合もある。
それを他の魔術師の弟子のキリに渡してくれたと言う事はキリが北の魔術師に
信頼されている証拠にもなった。

「あの、名前を聞いてもいいですか?」

「梅香じゃ。梅の香りと言う意味じゃな」

「ばいこう、珍しい名前だな…」

「そうじゃな、この辺りでは見かけない。儂と翁はずっと遠くからこの地に流れ着いたよそものじゃからな」

魔術師がよその国から移住してくる話は珍しくはない。
実際に国をあげて魔術師をかき集めるノグ国のようなところは他にも沢山あるので
遠い異国からやってきた魔女や魔術師もいる。
彼らから変わった魔術を学び、自分が扱いやすいように魔法陣を書き換えてそうしてまた新しい魔術が生まれるのだ。
キリは、アガタ以外から翁の話を聞く機会が少ないので北の魔術師から翁の名前が出る度にもっと話を聞きたいと願った。
時間が無いのが悔やまれるがアガタを助けて事が済んだらまた遊びに来ようと思った。

「ありがとうございました」

「いいか、メルンヴァは本当に寒い土地だ。その辺の店で準備をしてから行くんだぞ」

「はい」

「それから、雪イタチに気を付ける事じゃ」

雪イタチ?と聞き慣れない動物の名前を繰り返せば梅香は小さな頭を縦に振る。

「凶暴じゃから、すぐに襲ってくる」

「わかりました、気を付けます」

「また、きっと遊びにおいで」

壁の扉をくぐり小さく手を振る梅香に頷いてみせて二人は扉を閉めると
扉はまた壁の中にスッと消えていってしまった。
こうやって彼はこんな街中でも人々の目から自分の存在を守っていると思うと
世界の魔術師達は本当に変わっているのだなと実感する。
最初はすごい剣幕でまくし立てた梅香だが、すっかり人のいいおじいさんになっていて
茶目っ気が目立つ。
変わった魔術師でもいいから、他の四大魔術師達も梅香のような人柄だといいなとキリは思った。

さて、とタクトが地図を広げて市街地にある装備屋の場所を探し始める。
今度は迷う事なく辿り着いてほしいと願いながらタクトがあっちだと指さした方へ二人で向かった。
路地をでるとまた人気が多くなって、賑やかな話し声や靴の音が耳に入ってくる。
目指した装備屋へ辿り着くと店の中の広さに少し感心しつつ二人はまず防寒着を探す。
メルンヴァの寒さが想像できないのでとりあえず店員の男に尋ねてみると一番もこもこした暖かそうな上着を持ってきた。
ノグ国は僅かに雪が降る程度なので店員が大いに脅してくれた雪道の険しさ、メルンヴァの街の様子や生活の様子を聞いてこの上着だけで事足りるのだろうかと不安になってくる。

「寒さもそうだけど雪イタチが気になるな」

「いきなり襲ってくるらしいしな…まあ出会わない事を祈るか」

「うん」

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