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シャンニードに言われた通り、顔を洗ったらなんだかすっきりした気分になれた。
城に帰ってきてからバタバタしていたのは確かだし、
こんなに不安な気持ちになったのは初めてだったので自分でも
疲れているなど考えたこともなかった。

(えーと、アガタの魔導書ひっぱりだして、それから…)

タオルで滴る水を拭きながら頭の中でぐるぐると教えられていた方法を何度も何度も繰り返す。
大丈夫、何一つ一字一句間違うことなく覚えている。
何故ならそれは、アガタに拾われ、弟子になると決めた時からの日課だったからだ。

(こうなる事、予想してたんだろうか)

続々と城中の魔術師が集まっているらしいが、使える人は十数人しかいないようだ。
何故ならさっきから部屋に飾っている鉢植えの花がアレはダメ、これはダメと
囁いているからだ。
小さな花が落胆するくらいなのだから、相当に期待はできない。
溜息をつきたくなるのを堪えて、それでもやらなければいけないとキリは、
分厚い魔導書を探す。

「兄様捜し物?」

「うん。もう見つかった」

「おっきい本だねぇ」

「とうさまのだよ」

「とうさまのーっ?!見たい見たい!」

カントは、さっきまで泣きじゃくっていたのが嘘のようにキリの足下をうろちょろと走り回っている。
まだ目がほんのり赤いものの涙はすっかり止まっていて、いつもの元気な彼女に戻ったようだ。
それもこれもフォレガータの妹であり、キリ達には叔母にあたる、
シャンニードのおかげだ。
フォレガータとは容姿は似ても似つかなく、キリと同じまっすぐに伸びた金の髪であったが格好はフォレガータと同じく、軍服に身を包み腰には剣を携えている。
彼女たちの一族はどうにも女王制の所為か気持ちも、また剣の腕も強かった。

「見せるのは今度。今は忙しいから。それより、かあさまにお茶の用意はできたのか?」

カントは、大きな本を軽々と持ち上げる兄を尊敬の眼差しで見上げつつ
満面の笑みで頷く。
屈託のない笑みは、アガタによく似ていてああ親子なのだなとしみじみ思う。
自分には決して持つ事のできない、欲しくても欲しくても手に入らない彼と彼女の遺伝子だ。

「できたよ。いまからもって行くの。にいさま手伝って」

「にいさまちょっと忙しい…」

「ヤダー!にいさま手伝って!!」

「あー、わかったわかった!じゃああとで手伝いに行くから、先に行ってな?」

「絶対だよ!」

ぴょんぴょんと跳ねてキリの足にしがみつくカントは、疑いの眼差しで見上げたが
キリが絶対、と頷いてみせるとにっこり笑って握りしめていたキリのズボンを放した。
結構な力で握りしめていたのでその部分におかしなシワが出来てしまっている。
子供の癖にすごい力だなとキリはふと感心してしまった。
一足先にお茶が用意してあると思われる厨房へ向かったカントを見送ってキリは今度こそと大きな本を開いて読み始める。
懐かしい紙とインクの匂いが鼻をついてページをめくる度に昔の記憶がよみがえってきた。
懐かしんでいる暇などないとわかっていても小さな家での生活が思い出されてならないキリだった。


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