10

「うあああああああんとーさまあああああああ」

「わああああああああああああん!」

「さっきからこの状態で…」

侍女の女の子が心底困り果てた顔で助けを求めてくるので
キリは少しげっそりしながらわかったと頷いて
侍女から子守をバトンタッチするハメになった。
フォレガータは話が済むと公務に戻ってしまったのでこの二人を
なんとかするのは自分しかいないらしい。
カントが泣いているという事はエムシから話を聞いたのだろう。
キリと一緒にタクトに背負われながら逃げたときも起きていたエムシは、
泣き声も泣き言も一切吐かなかったので
恐らく今頃になって感情の波が押し寄せてきたと言ったところか。

(それにしても…)

「にーさまあああうああああんとーさまがあああとーさまどこおおおお」

「にいさまとうさま帰ってきますよね…とうさま…」

「あー、大丈夫だって。ホラ。あんまり泣くとかあさまに怒られるぞ」

修羅場だ。とは感じずにはいられなかった。
ほんの少し声を張って言うとぴたりと泣くのをやめたカントが
目から零れる涙を服の袖で一生懸命に拭う。
しゃくりあげが収まった頃を見計らってぽつぽつと話すが
それでもやはり言葉は詰まってしまう。

「かあさまはっとう…っさまが嫌いなの?」

「は!?なんで!」

「かあさま…とうさまがいなくても平気なんだ」

「いやいやいやちょっと、待て」

どうしたらそんな突拍子もない話になるのかわからず、キリは二人に静止を促す。

「だっていなくなって悲しいときは泣くものだって、ウォントおじさまが言ってたのにかあさま泣いてないもん!」

「間違ってないけど…うーん。あのね。かあさまは、泣いてもとうさまが帰ってこないの知ってるの。だからとうさまが帰ってくる方法を一生懸命探してるんだよ」

「??」

「伝わんねーかなあ…難しい…」

溜息混じりに困り果てていると靴の音がこつこつと響いてきた。

「お前の言っている事は正しいね。もう少しかみ砕いてあげなさい」

「シャニおばさまぁ!」

「シャンニードさま」

振り返れば妹は泣き顔のままに母親の妹へダイブする。
キリやカントにとっては叔母にあたる、茶の長くふわりと風に靡く髪を揺らした、
フォレガータによくにた女性だ。
姉と同じように彼女もまた腰に剣を下げているが、
膝上のプリーツスカートにタイツと軍服を身に纏っているパンツスタイルのフォレガータよりは少し女性らしい格好である。

「カント。お前が沢山泣いて、お父様は帰ってきた?」

「?帰ってこない」

「そうよ。泣いても何も始まらないの。カントの体から水分が出るだけ。
そうだね、確かにウォント兄様が言うように人の為に悲しんであげることは大切だ。
けれど今カントはお父様がいなくて寂しくて泣いているだろう?」

小さな女の子は首だけで頷く。
シャンニードはカントの頭を優しく撫でながら続けた。

「勿論寂しくて泣く事も間違いじゃない。でも、悲しくて泣いているだけでは、動かないの」

「動かない?」

「お父様はそのまま帰ってこないと言う事だよ」

「いや…」

シャンニードは優しい声色のまま言うとカントがまた肩を振るわせはじめた。
首を横に力強く振るので見ていたキリはそのままどこかに吹っ飛んでいってしまうのではないかと少しハラハラする。

「いやだね。それではカントお母様のお手伝いをしよう」

「お手伝い?」

「まず、今泣いてしまってはお母様はお前達を泣きやませる為に時間を割いてしまう」

「…はい」

答えて返事をしたのはエムシだった。
言っている事を理解できたらしい。
もともとエムシの歳にしてはしっかりしている子供だったので言葉で説明すればきちんと納得するのかも知れない。
カントはまだよくわかっていないようだが、エムシが真っ直ぐにシャンニードを見つめるのでそれに倣ってきゅっと唇を噛んで涙が出てきそうになるのを堪える。

「泣きやんだら、暖かいお茶とクッキーを、謁見の間へ持って行きましょう。
ちゃんと涙を拭いてね」

「シャンニード様」

「キリ、お前も少し疲れているようだね。姉上に何か言ったのだろう?」

「…は…」

「お前も一度顔を洗ってきなさい。お前が急いても魔術師達が早く到着するわけでは無いのだよ」




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