「断ったら?」

「後ろの子供を殺す。お前の妻も殺す。この国を灰にする」

満面の笑みで小首を傾げる仕草はとっても可憐でかわいらしいのに、
こんなにも恐ろしいと感じる事はなかった。
魔女が口にした事がデマカセだと思えないのは、アガタがそれに対して何も言わなかったからだ。
失う事に怯えているのか、圧倒的な力に怯えているのか、はたまたその両方なのか
キリにはうかがい知る事はできない。

「タクト行こう」

「は?で、も…」

「いいんだ行こう」

「ちょっおい…!」

タクトの腕を無理矢理に引っ張って、エムシがずり落ちそうになるのを支えながら
キリは、走り出した。
とにかく走れと親友を急き立て、後ろも振り返らずにただひたすらに。
親を見捨てるように逃げ出した自分を隣で走っている友人がどう思おうと構わない。
アガタは逃げろと言ったし、実際身の危険を感じたのだから。
来るときはゆっくり眺めた雑木林の景色など目もくれる暇さえ無く、
呼吸をするのと、城へ戻る事に集中していた。

『キリ』

「何」

『アガタが捕まった』

「…っ」

風の精霊が耳元で囁くのを聞いて捕まらないはずがないんだと思った。
あの絶対的な力の差の前で、あのアガタがまるで初等部の子供達のように見えていたのに逃げられるなんて到底思えない。
だからこそ自分は今こうして逃げている。

『城まで運ぶ。二人を掴んでろ』

「え?」

「おぁっ!?なんだこれ!?」

「タクト!俺に掴まれ!」

風の音が耳を貫くくらいの轟音に変わると、渦を巻いてキリとタクト、背負われているエムシの体を包んだ。
やがて体が宙に浮く感覚に顔を顰めると風の渦はすさまじい早さで城へと飛んでいく。
周りの景色はめまぐるしく変わるのに想像していた空気の抵抗が無い。
ただの場所移動でも体の負担は大きい筈だがそれも感じられないところを見ると
風の精霊がかなり力を貸してくれているようだった。
ほんの数分で城の中庭へ辿り着き、地に足をつけた瞬間にタクトが力無く座り込んだ。
慌てて体を支えようと腕を伸ばしたらタクトは大丈夫、と頭を抱えながらも手を掲げる。

「はあ…疲れた…」

「大丈夫か?」

「うん、エムシ様は」

「大丈夫です」

ずっと眠っていたエムシはすっきりとした顔でタクトの背中から離れる。

「起きてたのか」

「にいさま、とうさまの事、かあさまに知らせなくては」

そのはっきりとした足取りを見ると今し方起きたようには思えない。
恐らく途中から目を覚ましていたのだろう。
足手まといにならないようにと寝たふりをしていたのだ。
流石は、王族の血を引く人間だと感心せざるを得ないが、
アガタが知ったらきっと気にくわないと腹を立てるだろう、『子供らしくない』と。
年上の自分よりもしっかりした口調のエムシに頷いてキリは、
タクトにここで待つように告げると近くにいた兵士達にフォレガータを探させる。
突然空から降ってきた子供達に兵士達は驚いていたが女王の名を耳にすると
大あわてで四方に飛び散った。




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