こんなにも緊張しているアガタは初めて見る。
そもそも彼がこの生涯で一度でも緊張した事があっただろうか?
自分が産まれる前の彼を知らないキリにとっては、うんと過去のことだ。
城の魔術師にも、大臣にもあの女王にだって物怖じなどしないのに、
今はまるで蛇に睨まれたカエルである。

「なんでここにいんの?」

「あら、アガタに会いに来たのよ」

「…本に戻ってくんない?俺今すっごい鳥肌立ってんだけど」

「ふふ、翁はそんな態度取った事無いわよ?いつでも毅然で優雅に術を施した。私にも」

「あっそう」

言った刹那、アガタは立ち上がり足下に魔法陣を浮かべる。
フォンと音を立てて起動した陣からは青白い光が差し込み、光の壁が現れた。
円を描いた光の壁の中で何かをブツブツと呟いたアガタの足下から黒く
ゴムのようなものが飛び出して女の子へ勢いよく飛びかかる。
あっと声を漏らした時には、轟音と共に女の子がいた場所は土煙がもうもうと舞い、
その華奢な姿が見えなくなってしまった。

「キリ、タクト、エムシ連れて城戻れ!」

「アガタ?!」

「キリ!城中の術師集めて一緒に結界を張り直せ!」

「アガタは…ッ?!」

「アガタは私と一緒に帰るの」

土煙などそよ風のようにかき消し、一瞬にして炎に飲み込まれた。
ゴウゴウと燃えさかる炎を身に纏い右手で払うと綺麗さっぱり灼熱は消えてしまった。
こんなにもすさまじい火炎系魔法は見た事がない。
ただ記憶の端にひっそりと残っていたそれが脳内に広がるのは時間の問題でしかなかった。
隣をちらりと見やると親友であるタクトも呆然としてしまって武器である剣を
構える事すら忘れてしまっている。
だらりと両腕をさげたままさっきまで「可愛いかもしれない」なんて思っていた女の子を穴が開くほど見つめていた。

「中央の…魔女」

「その呼び方やめて。かっこわるくていやなの。可愛くないし」

「どうでもいいけどちょっとは堪えてる顔して…くん、ないっ?!」

語尾を強めてアガタは同じく魔法陣を起動させて今度は腕から濁流のように流れる水を
魔女めがけて放った。
水はうようよと不規則な動きをしながら魔女にとりつきやがて体全体を飲み込む。
魔女は水たまに閉じこめられると口から音を立てて気泡を吐き出してほんの一瞬
苦しそうに表情を歪ませたが水たまに添えていた手をギュッと握ると水たまごと自分を炎で飲み込んだ。
やがて水が蒸発する音がし始め炎の上から水蒸気が立ちこめると
スッと先ほどの細くすらっとした足が地面につき魔女は服の裾を払ってにこりと笑いかける。

「びっくりしたぁ…アガタ、水なの?」

「もうやだ…」

まるでアガタが子供のように見えてしまうくらいに魔女は平然としている。
実際魔女はアガタを少し子供のように扱っている風があった。
逃げろと言われたキリとタクトは二人の攻防のすさまじさに逃げる事を忘れ突っ立ったままだ。

「ねぇ〜だから、その後ろの子達には興味ないから、一緒に行こう?」



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