妹であるカントのお披露目会は一部を除き、滞りなく終了した。
普段自由奔放な妹が壇上に上がるや否や、ガチガチに緊張しだしたのには
母親であるフォレガータも目を丸くせざるをえなかった。
そんな小さな王女に微笑ましい視線を一番送っていたのは父親であるアガタで、
彼は終始にやけっぱなしだった。
全てを終えて、部屋に戻るとキリは溜息を吐く。
普段あまり人混みの中に好んで出ていくタイプではないので、
気疲れしていたようだ。
そうしてふかふかのベッドへ腰掛けると気まぐれに現れた風の精霊の王の言葉を思い出す。
聞き覚えのない単語だったが明らかに緊張しながら発していた言葉だった。
何か良からぬものなのだろう。
何よりアガタが、あのアガタが表情も体も緊張させていたのだから。

(中央の魔女……)

現在、この世界にいる魔術師、魔女の類のトップの総称は、
北の魔術師、南の魔女、西の魔術師、そして東の魔術師である。
彼らは四大魔術師と呼ばれているがてんでバラバラに行動しているため
一緒にいる事は滅多にない。
そもそも彼らは気むずかしく、人と接触するのが苦手で典型的な研究者タイプなのだ。

『なんだ、考え事か?』

「うおっ!?」

『そんなに驚く事はないだろう?』

「…精霊にプライバシーとかって通じんの…?」

『私たちにだって入れない場所はある。今はアガタが私の為の抜け穴を作っているからここにいられるだけだ』

「抜け穴?」

『お前はアガタがこの城の周りに結界を張っているのを知らないのか?』

「知ってるけど…」

言われてみれば結界とは本来そう言うものである。
けれどまさか精霊まではじいているとは知らなかった。
それと同時にアガタがお菓子をつまみながら適当に張って(見え)る結界がまさか
こんな高位の精霊すら寄せ付けないものだとは思ってもみなかったのだ。

「なあ、中央の魔女って何?」

『お前達が勉強している悪い魔女の事だ。お前達は真封の魔女と呼ぶようだが、
東西南北より上の魔術師達は中央の魔女と呼ぶ』

「でも魔女は真封の書に封印されたんじゃないのか?」

『以前のお前の家に盗賊が侵入した事があっただろう?その時に鍵を盗まれている』

「………鍵?」

王城へ来るずっとずっと前、留守を頼まれたキリが一人森の家にいた時、
運悪く盗賊が現れ、家の中をめちゃくちゃにした事がある。
その時、キリは盗賊に暴行を受けたが飼っていたポチがその大きな角で助けてくれた為、
命までは奪われずにすんだ。
今思い出しても背筋がゾッとするがその時は確かに彼らが何かを探している風があったのを思い出した。

『アガタが持っていたものだ。正確には…翁の所有物だが…弟子のアガタが引き継ぐのは当然の事だろう。真封の書の鍵だからな』

「は?!」

『お前は弟子の癖に何も知らされていないのだな。翁もそうだったがアガタも苦労するぞ?そんなに自分一人で溜め込んでいては』

キリはキュッと下唇を噛む。
アガタは信用したものにしか自分の本心を口にしないし、自分の大切なものを預けない。
そんな師匠がキリに何も話さないと言う事は自分がまだまだ頼りになるほどの力を持っていないと言う証拠でもあった。
それは仕方のないことだ。
アガタは言わないんじゃない、言えないのだ。
中途半端な力でなんとかできる物事ではないものを、弟子であるキリに託す事ができないのだ。

「…だから今必死にやってる」

『未来の王は焦らなくていい。お前は力がある。アガタはいずれお前を頼る』

「いずれって、いつだよ」

『今じゃない』

「今じゃなければ意味がない事だってある」

『そうだな。それではお前は何をする?』

「え?」

『何もしないのか?今じゃなければ意味がないものを、お前は何もしないのか?』

「…俺は………ああ、ポチが鳴いてる」



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