星空の廊下を歩く。
この景色にもようやく見慣れてきた頃で、
ふと空に視線を移すとノグと同じ雲が浮かんでいた。
キリがユルドニオに来てからは国中が大騒ぎだった。
存在しないはずのユルドニオ王の弟への注目は計り知れず、
キリはしばらくの間居心地が悪く表情も硬かった。
しかもちゃっかり伴侶まで連れてきているのだからこれには
ユルドニオの家臣達も面白い顔をしない。
ただ嬉しそうだったのはユルドニオ王とその母親だけだった。
ユルドニオは建国より王の妻は占星術師でなければならないと言う古い掟がある。
兄であるフィディの母も占星術師で、キリの産みの母親でもあるスピカも
占星術師であったらしい。
だがキリが連れてきたウルズラは身分も平民な上、ただの踊り子である。
周囲のやっかみも、蔑むような視線も十分に集中するような理由を持ち合わせていた。
だが、兄のフィディはそれでも良いと言ってくれた。
まるでアガタのようにキリが望むのならばと我が儘ともとれるキリの望みを
すんなり受け入れてくれた事がキリにとっては嬉しかった。
そんなユルドニオ王の容態が急変したのは
キリが王の仕事の引き継ぎをしている最中であった。
まだまだ教えて貰わなければならない事が沢山あるのにフィディは苦しみながら息を引き取った。
前王…つまりキリとフィディの父親よりも国を愛し、国民からの信頼も厚かった
王の崩御は瞬く間に国中に広がり全土が喪に服した。
キリは強力な後ろ盾のうちの一つを失い、途方に暮れそうになったが
それを支えたのはウルズラである。
ウルズラはキリが国政に悲鳴を上げている頃、必死にフィディの母親である
スカラから占星術についての教えを請うていた。
幸いにもこのユルドニオにも神聖な儀式の際には舞を舞うらしく、
自分の個性を生かしながら踊り子としても、占星術師としても
何か出来る事は無いかと模索していたところだった。
ウルズラは持って生まれた度胸とその美しさを最大限に生かしてキリの支えとなった。
キリもまた、そんなウルズラに答えようと、アガタに担架を切った自分と皆を
裏切らないようにと必死に国政に取り組んだ。

気づけばユルドニオに来て5年の月日が経っており、ときおり届くノグにいる
家族からの手紙はキリにとって楽しみの一つになっている。
大きくなったらしいカントがアガタの元で魔術を勉強していること、
残念ながら魔術の素質を受け継がなかったエムシがウォンネーゼと一緒に
各国を回ってその武術の腕前をめきめきと上げていること。
相変わらずな両親には思わず笑みを零してキリはその手紙の返事に
いつも頭を悩ませていた。
何せ日常などほとんど同じ事の繰り返しで
内容がすべて同じになってしまうのだ。
この間手紙にしたためたウルズラの妊娠が唯一のビッグニュースで
それに関してはウルズラが自分のネタとして手紙に書いてしまっている。
つまりキリには何も書くことが無かったのだ。

「この間の予算の話は…いや、堅苦しいし、うーん…アガタが手紙に
手こずってたの分かる気がしてきた…」

「なあに、難しいかおして。手紙?」

「書くことが、無い」

「元気ですって書けばいいじゃない。それにほら、この間咲いた花の事でも」

「花?手紙でわざわざ花って…」

一向に動く気配のない羽根ペンを見つめてウルズラが呆れたように溜息を吐く。
議会ではあんなに厳格な態度を取れるのに、ここでのこのだらけようは
一体どういうことなのだろう。
触るとひんやりする冷たそうな机に頬を
べっだりとつけてまるでだらしない格好だ。
せめてもっと優雅にゆったりと背もたれにもたれかかっていればかっこよさも
倍増するのにとウルズラは少し残念な気分になる。

「そう言えば、今度ノグからタクトが来るんでしょう?」

「あっ、そうだ、その礼状にしよう…」

「もう、堅苦しい手紙ね!」

「いいよ、それに多分大体の事はアガタが知ってそうだし」

それを言ってしまっては手紙の役目が半減するのだが。
喉まで出かかった言葉を飲み込んでウルズラはキリの隣に置いてある
ゆったりとしたソファに体を埋める。
平民出身のウルズラは、城に来てからも家庭菜園を趣味としてあちこち動き回るので
侍女やスカラによく身重であるのだからちょろちょろするなと叱られていた。
さらに言えばそんなウルズラにあまり目をかけないように見えるキリにも
もう少し奥方に気を配れと叱咤されてしまった。
魔術師であるキリにとっては特に危険な状況ならば風の精霊が教えてくれるので
あまり体面的なものを気にしていなかったのが原因である。
それをわかっているウルズラもわざわざキリに助けを求める場面が
少なかったのも悪かったらしい。
夫婦の間では意思疎通ができているのだが、どうにも身分が高いとそれだけでは
上手くいかないのだと学んだ。

ウルズラの右腕には大きな腕輪が光っている。
その腕輪の中心に青く光る大きな宝石が一つ埋め込まれており、
それ以外の目立った装飾は無い。
ウルズラの細い腕には少し不格好に見えるが踊り子のウルズラからすれば
目立って丁度良いらしい。
その青い石は魔女から吸い取った魔力の結晶で今でもキリの管理下にある。
魔術の技術も磨き上げているキリはその石にキリが死んだときの保険として、
キリの死に連動して結晶が砕ける魔術を掛けてある。
もし、誰かに悪用されるようなことがあってはならないと、アガタと相談した結果だ。
魔力を吸い取られた魔女アルマンディンはその弟子のドルチェと共に裁判に掛けられた。
フォレガータ女王が何人たりとも公平に裁かれるのが司法だと言って聞かず、
あのアガタ王が情状酌量の余地があると死刑執行の軽減を求め、
今は懲役500年を言い渡されている。
500年とはほぼ終身刑に近いものだった。
彼女達に反省させる期間を与える必要があるとうたったアガタがキリが
魔力の結晶を監視しているように魔女達を監視する役目を負っている。

それから、敗戦国となったコーツァナ国は兵を引いた後、
他国から膨大な非難を受けたがコーツァナ王はそれを甘んじて受け入れていた。
もともと魔女の後ろ盾があり尚且つアルマンディンがコーツァナ王をそそのかした為ノグへの侵略進軍を決めたようなものなので、魔女がいなくなったコーツァナ王は
フォレガータの圧倒的な統率力を肌で直に感じ、すっかり意気消沈したのである。
1年ほどは三大国の間にぎくしゃくした空気が流れたがキリがユルドニオ王として
その地位に就いてからはそれもだんだんと落ち着きを取り戻しつつある。

のちにキリが統治したユルドニオはその名を世界に轟かせることになる。
そして長い間、繁栄を築かせたユルドニオの最善王として
キルッシュトルテニオの名前が歴史に刻まれた。








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