「紹介が遅れたな。私はフォレガータ・ノグ・ホウヴィネン。現女王だ。
そしてこれが夫のアガタ。よくぞ我が城へ来てくれた。
色恋沙汰に疎いと思っていたキリにこんな素晴らしい女性がいたとは。
で、式はいつ執り行うんだ、ん?」

「やめて…色々すっとばさないで…!まだその、そう言うんじゃ無いんだってば!」

「違うのか?」

フォレガータが尋ねた先はキリではなくウルズラだった。
ウルズラは慌てて畏まったがガチガチに緊張してはいなかった。
踊り子をしているとナセガオでもそうだったように国の来賓の前で踊ったりもするので
そこそこの度胸は持ち合わせていた。
女性らしくしなやかに膝を軽くおり、スカートの裾をつまんで流れるように会釈する。
踊り子になる時に一番最初に教えられた『作法』は、どの国へ行っても
舞台を見てくれている観客に良い印象を与える為の一つの技術でもある。

「あ、ウルズラと言います、申し遅れて済みません…」

「ふむ、悪くはなさそうだがな?」

「俺に聞かれても」

同意を求められたアガタは肩を竦める。

「アガタ、絶対このタイミングで連れてきたのわざとだろ!」

「人聞きの悪い」

憤然と返したアガタは本当にそう思っているらしく彼は彼なりに一応はちゃんと妻を
引き留めていたようだ。
そもそもアガタもフォレガータの留め金になれるわけでもないのでこれが
限界だったようだ。
だが、そんなアガタは今の状況をとても楽しいと感じているらしく、
フォレガータの言動を止めようとはしない。
それがキリのもやもやを増長させていた。

「ウルズラ、お前の故郷は?」

「あ、はい、ナセガオです。踊り子をしております」

「何を畏まっている。頭を上げろ。尋問しているのではないのだ」

「は、はい…」

ウルズラは少し困ったが、女王の言う通り下げ続けていたゆっくりと頭を上げる。
尋問はしていないにしても、女王が声を掛けて下さっているのだから、
畏まるのは当然である。
軍事の国、ノグの女王は冷徹無比で厳しく
気むずかしいと聞いていたがだいぶ…と言うかかなり印象が違って見える。
家族の前ではやはり気を休めるのだろうか?
ウルズラにはごくごく普通の家庭にいる母親と同じに感じられた。

「ところでウルズラよ。話は戻るがキリと一緒になる気はないのか?」

「母さん!ウルズラは貴族じゃないんだし、って言うかそういうんじゃないんだって!」

「アガタ、そいつを黙らせろ。話が進まん」

フォレガータが溜息交じりにこめかみを揉むがそれをしたいのはむしろキリの方である。
タクトが母親は口うるさいとよく愚痴をこぼしていたが女王はその類いではないと
信じていたのに、
これではタクトの母親と同じである。

「…普通はそう言うの、キリから話すんじゃないの?」

「これに任せておくとあと50年はこのままだぞ」

「ご…50…」

「私は真面目に話をしている。タクトからの報告ではキリはかなりお前に惚れているとあったが」

そこまで引き延ばすわけないだろと思いながらも絶句しているキリを余所に
フォレガータはどんどん話を続けていく。

「私のようなげせんの身にはありあまる光栄でございます、女王陛下」

「身分の話は捨て置け。お前の気持ちの話を聞いている」

「はい、とても嬉しいです…畏れながら、私もキリ皇子と…お、同じ気持ちでございます」

キリはこの日ほど天に登りそうになった事は無いと生涯思うのだった。
両手を胸の下あたりで組んで、もじもじしているウルズラは頬を少し赤く染めている。
魔女の力を封印した達成感よりもずっと嬉しかった。
タクトやアガタには悪いが沢山褒めてくれた事や楽しかった事以上に
ウルズラが同じ気持ちと言ってくれる事の方がずっとずっと価値があった。
今にも抱きしめたいくらいに可愛いと思っているのに体がまだ思うように動かないし、
なにより両親の手前そんな恥ずかしいことは出来ない。
もんもんとした気持ちを抑えていると満足そうに頷くフォレガータが匙を投げてくる。

「そうか、それならよかった。キリ、お前はどうするつもりだ」

「え?!どうする、って…」

「煮え切らんな!さっさと決めろ!」

「わ、わかった!でもその前に母さんにも一つ言いたい事があるんだけどっ」

「なんだ?」

「俺、ユルドニオに行きます」

「ユルドニオ?何故だ」

フォレガータの眉尻が上がる。
キリは旅の道中ずっとこの事が頭から離れなかった。
唯一血の繋がった兄の寿命がそれほど長くないと知り、その兄が国を
背負ってくれと頼ってくれた。
それはとても大切な事で簡単に決断して良いものじゃないのもわかっている。
初めて風の精霊の王にお前は未来の王だと言われたのがまさにこのことならば
これはキリが成し遂げなければならない事なのだ。
それがどんな善王であろうと、悪王であろうと。

「現ユルドニオ王は俺の兄だそうです。アガタは知ってます。その兄に
王位継承権を持つ子供がいないんです。それで、その…ユルドニオに
戻って来いって言われて」

「言われて、キリが王になるの?」

「う、ん…多分」

「なれると思ってんの?たかだか魔術師が」

「わからないけど、やる」

たかだか魔術師と言うアガタの言葉は真実心に突き刺さったがキリは父親が
何故そんな言葉を使ったのかを理解していた。
決してキリを過小評価しているわけではなく、キリの覚悟を見極める為に
辛辣な言葉で推し量っているのだ。
魔女の時もそうである。
半分は嫉妬であったかもしれないがもう半分は純粋な、父親としての厳しさを示した
のに他ならない。
あえて言葉にしないところが実にアガタらしかった。
だから背中を押された気持ちになったキリは一度唇を噛み、ウルズラへ視線を向ける。
ウルズラはキリがうすうす何を言おうとしているのかわかっているようで
表情を硬くしていた。

「だから、ウルズラがよかったらだけど、一緒にユルドニオに来て欲しい」

「いいわ。行く。一緒に行く」

キリもまたウルズラならば、キリに好意を寄せてくれているのを除いたとしても
、頷いてくれるだろうと確信していたが、実際に返事を貰えるとほっとする。

「ユルドニオ…」

「何、急に寂しくなった?」

「馬鹿を言え。ノグの皇子が他国の王になるなど前例がない。騒ぎになるぞ」

大体のところで話がついたと見たアガタは丁度良い温度になったスープをキリに手渡す。
それからがたごとと音を立てながら椅子を2脚、一つをウルズラに、
もう一つをフォレガータの横に置いた。

「それは仕方ない。勝手に騒がせておけばいいよ」

「お前な…はあ」








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