「こんにちはお嬢さん。お迎えにきたよ。君の皇子様が今ね、ちょっと眠ってるから俺が代わりに迎えにきました」

ウルズラは居心地悪そうに体を小さくしている。
よくわからないが突然現れた魔術師がキリが疲れて目を覚まさないらしいので手助けをしてほしいと言う。
怪しさも全開でちょっとその辺の近所から歩いてきました、と言えそうな格好だったものだからウルズラは暫くいぶかしんでいた。
その後は殆ど人さらいのようなものでピンクの髪の魔術師はウルズラを抱き寄せると家の外にあった水釜の水へ手をつっこみ、
足元に魔法陣を浮かべて飛んだ。

目を白黒させるしかできないウルズラは悲鳴を上げて助けを呼ぶことも忘れてぎゅっと男にしがみつく。
ものの数分であっただろうか、男がもういいよ、とウルズラの肩を叩いてウルズラはそっと目を開く。
目を開いていたつもりであったがいつのまにかかなり力を入れて目を瞑っていたらしくまぶたがだるく感じた。
そこはとても綺麗な花壇が並ぶ庭で、まるで豪邸のようだった…いや、豪邸だった。
こんなところにキリが本当にいるのか不安だったが、男が案内してくれる建物は
まるでお城のようで、ウルズラは辺りをきょろきょろと見渡しながら、時々駆け足で男の後を着いて歩く。
時折すれ違う侍女が目が飛び出そうなくらいに見つめてきたがウルズラはなるべく
視線を逸らして歩くように努めた。

「あの」

「なに?」

「キリがここにいるって…本当なんですか?」

「うん。呼んでも目を覚まさないからね。効果有りそうな人を連れてきたらいいかなって」

「ここ、どこなんですか?お城…みたいですけど、キリって一体…」

「だから、君の皇子様でしょう」

え?と聞き返そうと思っていたところで男はここだよ、と扉を指さして立ち止まる。
ゆっくりと開く大きな扉の向こうには広い空間が広がっていてその奥に大きなベッドが一つと、応接用のテーブルとソファが一組、天井には豪華なシャンデリアと
壁の片面は窓がいくつも並んでいる。
おそるおそる足を踏み入れると硬すぎず、柔らかすぎない丁度良い絨毯が敷かれていてウルズラは恐縮しながらベッドの方へ近づいていった。

「キ、キリ!」

「さすがに寝ぼすけだからさあ、起こしてくれる?」

「あの、大丈夫なんですか?どこか具合が悪いとか…!」

「寝てるだけだよ、大丈夫。…起こせる?」

「えーと…」

普通に起こせばいいのだろうか?
ウルズラはそっとキリの肩に手を置いて優しく体を揺すってやる。

「キリ、起きて、もうお昼よ」

「あっ身じろぎした」

キリはん〜と唸って体を動かすが、起きない。
ウルズラの後ろに立っている男はふむ、と顎に手を添えている。

「もっかい」

「は、はい…キリー。起きて!」

「もう一回」

「キリ、朝もう過ぎたよ!」

「もう一回」

「キリってば、起きて!」

「もういっ」

「あの!」

「ハイ」

指示をだしてくる男を振り返ると男は素直に返事をする。
キリと男を交互に見ても彼が親だという要素が一つも見て取れないくらいに似ていない。
本当は病気かなにかなのではないかと疑いかけた時だった。

「なんかね、誰かに引っ張られてるみたいなんだよね。夢の中で。ちょっと俺だけじゃ足りないみたいで」

「誰かって…?」

「キリの師匠」

男はそう言うとキリの額に手を当てる。
そしてウルズラにもう一度呼びかけるように告げると男は額に置いた手のひらに意識を集中させている。
ウルズラは布団の中からキリの手を探り、
両手で握って呼びかけを続けた。

「ねえ、もしキリを連れて行こうと思っているなら例え翁でも許さないよ。俺の大事な息子なんだから、やめてよね」

ウルズラは男が何かに腹を立てているように感じて少し不安になった。
居心地が悪いと感じつつもウルズラはただひたすらにキリの名前を呼んだ。
今度は身じろぎ一つをしたキリの体が大きく動く。
ウルズラの手を振り払い、額に乗っている男の手も振り払って大きくのびを一つ。
そしてゆっくりと目を開くとまず男の姿を目に捕らえたようだ。

「アガタ」

「おはよう」

「今何時…………ウルズラ?」

「もうお昼よ、キリ」

呆れた表情のウルズラにキリは至極当然な反応を見せる。
自分でさえどうしてこんなところにいるのかわからないのだから肩を竦めるしかない。

「えっ、なんでウルズラが、」

「この人につれてこられたの」

「は!?っ、てー…」

勢いよく飛び起きたキリは体中が痛むらしくすぐにうずくまって肘やら肩をさすりだして、恨めしそうに男を睨み付けると説明してよ、と低い声で呟く。

「キリがなかなか起きないから精霊お勧めの子を連れてきただけだよ」

「俺が迎えにいくつもりだったのに…」

「えっ、そういう約束してたの?ごめん。風の精霊何も言ってなかったし…余計な事した?」

「した!」

子供のようにぷりぷりと怒るキリは、
タクトと一緒の時とはまた違った印象を受ける。
どこか安心していると言うか、気を許しているというか、ウルズラはふと、慌てて出かけてくると告げてきた父を思い出した。

「あっそう。まあ起きてすぐに可愛い子が見られたんだからいいじゃない」

「よくっ、よくないっ!」

「…新鮮だな〜」

「もう、いいよ、アガタは出てって!ウルズラと二人で話すから!どうせろくに説明もしないで連れてきたんだろ!」

「そうだけど、そこまで邪険にしなくても」

「どうせおもしろがるつもりなんだろ!」

まだ体が言う事を聞かないのかキリは辛そうに表情を歪めつつもアガタの背中を押して部屋から追い出そうと試みる。
久しぶりにまともな会話をするのが楽しいアガタは、ここは成長したであろう息子の言う事を聞くことに決めた。

「ハイハイわかったよ、じゃあ俺がご飯持ってくるまでの間に話しつけてね。多分フォレガータもすっとんでくると思うし」

「ええ…うん…あ〜…」

「カントも、エムシもくるよ」

「うう…」

「翁は来ないよ。俺が追い払ったから」

「…アガタが?」

「そう。『俺』が」

頷いて見せるとキリの背を押す力が弱くなる。
優しく頭を撫でてやるとキリはぽつりとつぶやき始めた。

「うん…ねえ」

「何」

「アガタは…本当は…俺のこと…嫌いとか…その…」

「口を挟むようだけど、あなたの事が嫌いな人が、貴方を助けたりしないと思うわよ」

しどろもどろしているキリにきっぱりとウルズラが答える。
アガタは人の良い笑みを浮かべて今度はウルズラの頭をキリにしてやったように撫でる。

「ありがとう、優しい子だね。それじゃあご飯取ってくる」











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