アルマンディンは薄暗い石壁の中でふと目を覚ました。
ぼう、と見つめる先には可愛い弟子の姿が映っている。二人の間には石畳の通路と、お互いを隔てる太くて丈夫な鉄格子が張り巡らされていた。
アルマンディンは長い間、本の中に閉じ込められていた。
そこは真っ暗で上も下も、右も左もわからない、音のない寂しい空間だった。
たった一人で閉じ込められていた魔女だったが幸いにも本の中では魔術が使えたので
いつも僕のケルベロスと過ごしていた。
時々『外』から人の声がするのを耳を澄まして聞くのが一番の楽しみだった。

アルマンディンは中央に位置する国に生まれた。
そこにはまだコーツァナやノグ、ユルドニオなどはっきりとした国境がなく、乱戦が続き人々にとっては暗黒の時代だった。
アルマンディンは幼い頃から魔術に長けており、よく戦場へ足を運んでいた。
むなしく空を見上げる瞳が無数に散乱している光景は今でも脳裏に焼き付いている。
そんな彼女が成長し、自分の力もコントロール出来るようになったある日、アルマンディンは一人の魔術師に出会った。
翁である。
彼はそれはそれは聡明で、整った容姿の、
目を見張るだけの価値がある魔術師だった。
翁はアルマンディンも知らない、アルマンディンにも扱えない沢山の魔術を知っていて彼女はすぐに彼の弟子になりたいと思った。
けれど翁は生涯、一人の人間しか弟子を取らないと決めており、その弟子はずっとずっと遠くにいるのだと言った。
アルマンディンはなんとか翁を振り向かせようと必死に自分の魔術を磨いた。
そうして気がつくと周りにはアルマンディンに肩を並べられるだけの魔術師がいなくなっていたのである。
あまりにも強大な力を手に入れたアルマンディンはもう一度、翁を訪ねて弟子入りさせてもらえるように頼み込んだ。
しかし翁の返事は昔と変わらなかった。
アルマンディンはだんだん自分が選ばれない事が悔しくて悔しくて嫉妬していく。
『弟子』としても選ばない、『女』としても選んでくれない翁を大層憎むようになっていった。
やがて翁は一人の少年を引き取って自分の傍に置くようになる。
その頃には翁の容姿は随分と変わり果て、目を背けたくなるようなほどに醜くなっていた。
アルマンディンは自分を選ばなかった罰なのだと翁を罵り、同時に弟子になったアガタへの嫉妬をふくれあがらせた。
アガタはまだ駆け出しの魔術師の卵であったが素質は十分にあった。
アルマンディンは翁に復讐してやろうと考え、大事に育てている弟子のアガタを奪い取ってやろうと考えるようになった。
何度か失敗したもののアガタへアルマンディンの恐怖を植え付けることに成功した魔女はついに翁に真本へ封印されたのである。

「アルマンディンさま、おけがはありませんか?」

「平気よ…それにもう私に従う必要はないわよ。私はもう魔力を持っていない普通の人間なんだもの」

格子の向こうからドルチェが力なく声をかけてきたがアルマンディンもまた声に覇気は無かった。
二人は時折風の音が鳴る牢屋の中で呆然としている。
魔女に至っては座り直す気力も起こらず、冷たく硬い地面に横たわったままだ。

「貴方が普通の人間でも、私には貴方がただ一人の師匠です。魔術師の力はなにも魔力だけではない」

「アガタの方が色々知っているわ。もうお前の事怒っていないようだし」

「いいえ、私はアルマンディン様の弟子です」

アルマンディンはちょっぴり驚いて身じろぎをする。
魔女にとってはドルチェはただその辺りにいた使えそうな魔術師程度でしかなかった。
頭も良く、力もあり、行動力も申し分なし、野心も十分だった、ただそれだけの事だった。
女王に淡い恋心を抱いていると言うのも面白そうだった。
その程度だったのにドルチェの本心はどうかはわからないがこんなになってもドルチェはアルマンディンの弟子だと言った。
相変わらず面白い男だ。

「ねえ、ドルチェ」

「はい」

「私達殺されるのよ?」

「そうかもしれないですね。私も、私の父も」

「父親?何故?」

「前女王とその夫へ影から謀反を起こしたのが私の父だからです。牢屋に入る前に全部フォレガータに話してやりました。アレの所為で私はフォレガータとの婚姻をとかれましたので、ささやかな復讐です」

「…不憫な子ね、お前」

「そうですね、アルマンディン様ほどではないですが」

牢屋には二人きりで誰もいなかった。
二人はやがて時々吹く風の音に耳を澄ますように沈黙を落としていった。








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