魔女が敗れたと言う情報は瞬く間に戦地に広がった。
強大な後ろ盾であるアルマンディンがノグの魔術師の手に落ちた事と、
フォレガータを仕留めようとしていたアーネストが捕縛された知らせを受けた
コーツァナ王はすっかり狼狽えてすぐに指揮系統が乱れた。
それに追い打ちを掛けたのがメルンヴァの応援軍である。
メルンヴァはコーツァナに戦争を仕掛けられて軍事力が衰退していたにも関わらず、
わずかながらも兵を再編成し、戦場へ駆けつけてくれたのだった。
さらに、三大国のユルドニオが戦争には荷担できないがノグへの全面的物資の支援を
申し出た事もあって、コーツァナはようやく白旗をあげたのである。
蓋を開けてみればノグ軍はコーツァナの約半分まで兵力を削いでおり、
どれもけが人は出せど死者を出していないという神がかりな偉業を成し遂げていた。
つまりノグ国兵にはまだまだ余力があったのだった。

それでも魔術師達はキリによって魔力を一時的に吸い取られていたので
その後の戦闘ではほとんど使い物にならなかったし、圧勝と言えるものではなかった。
魔女がいた為の今回の結果だと周りはなんとか女王をなだめすかせようとしたが
フォレガータは全く納得がいっていない様子だった。

「先ほど、メルンヴァ軍が国へ帰国したそうです」

「そうか、街の様子は?」

「はい、修繕に暫く時間がかかりますね。もともと老朽化していたのもありますし、
今回のをきっかけに大々的に修繕工事を行ってはどうかとの要請もあります」

「そうだな。その当たりの予算を組み込んで次の会議の議案書を作ってくれ。
それからけが人への対応はどうだ」

「これもこの一件がきっかけですが、国外から救急支援の申し出がいくつかあります。
これは我が国も今後行うべきではないかと思います。その為に医療をより発展させる必要はありますが。それから…ご報告が」

「なんだ」

「魔女アルマンディンの『魔石』の保管についてです。持ち運びできる
危険物となった今、その保管方法について魔術師達が話し合いを進めていたのですが…」

「何かあったのか?」

「ええ、その、キリ皇子がご自分で保管すると、仰っていて」

「キリが?…アガタが何か言ったのか?」

キリが我が儘…のような事を言い出すときは大抵裏にはアガタがいる。
勿論、アガタがそう言えとかそうしろと強要した事はないがキリはそれを無意識のうちに
『しなければいけないこと』だと感じ取る節がある。

「いいえ、私もてっきりアガタ様がキリ皇子に何か言われたのかと思ったのですが、
アガタ様もその話を聞いて驚いておりましたので、恐らくキリ皇子の独断かと」

「それで、アガタはなんと?」

「『キリがしたいと言ったのなら好きにやらせてあげれば』と」

「馬鹿親が…」

フォレガータはこめかみを揉んで溜息交じりに言葉を吐いたがパメラは
にやりと含んだ笑みを浮かべて眼鏡を指で押し上げる。

「それでは、陛下はキリ皇子から石を取り上げますか?」

「…好きにやらせておけ」

「あら、馬鹿親ですね?」

フォレガータがキリの石所有を許したのは勿論、キリ自身にそれを保護下におけるだけの
力を備えていると確信しているからであったが、
パメラはそれよりも女王の親心の方を汲んで言った。
今回の件で爆発的に能力を伸ばしたキリはと言えば、魔女の魔力を魔石に封印したあと、
一週間ほどこんこんと眠り続けたのである。
相当数の魔力を吸われたアガタでさえ2,3日で済んだが、
肝心のキリがこれほどまで体力を消耗していたとは思っていなかったらしく、
ベッドの上で横たわる息子を心配そうに眺める夫の珍しい姿を見たフォレガータは
不謹慎かと思いつつも心の中でちょっぴりキリに感謝していた。
そんなアガタも一日もすれば慣れたのか会わなければいけない人がいるとどこかへ出かけていった。
初めは、国内がごたついている時に国をほっぽって出て行く王がどこにあるのかと非難囂々であったがフォレガータはもともとアガタにそういう事を期待してはないので
むしろ家臣にはいないものとしろとはねつけただけだった。
言葉も少ない中で反感を買うかもしれないからとパメラは何度か女王を諫めたが
不思議な事に家臣達はそれ以上特には追求してこなかった。
家臣ばかりか、国民達もアガタならばそういう人間だからとどこか割り切った様子が窺えた。
それが不平不満から出た言葉ではなく、
『アガタにはアガタの考えがあるのだろう』と彼には別の役割があるかのような口ぶりだったのである。

(やはり、あのお二人と我々の間にある壁を除くには、きっかけが必要だったのだわ…)

キリとアガタがアルマンディンの力を封印したと知れ渡ったのはひとえに傍にいた魔術師隊と精霊達のおかげでもある。
彼らが包み隠さず、真実を告げてくれたおかげでキリとアガタへの周りの態度が変わってきつつあるのだ。
闇の魔術師の弟子と蔑まれたアガタも、性格こそ癖はあるが魔術学院の教師としては元々生徒からもそれほど評判は悪くはなかった上、キリのとっつきにくい性格もタクトがいたおかげでカバーされていた部分もある。
誰もがそう言えば…と二人が『闇』の象徴をさほど振りかざしていない事に気がついてぽつりぽつりと小さなものであるが変化していた。

そして何より大きかったのは城を追い出された闇の魔術師である翁がこれらすべてを見通していて、魔女に対抗する術を弟子達に残していた事である。
根強く残る偏見は未だに拭えていないが
翁への考え方もまた、人々の間で変わってきていた。







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