キリは細部にまで神経を研ぎ澄ませながら走らせ、
ちりちりと魔女から魔力を奪っていく。
魔女から吸い取られた魔力はキリの隣に円を描くように集まっていき、
それはまるで宝石のように青い色を放っていた。
少しでも気を抜けば均衡が崩れて誰かが犠牲になるかも知れない瀬戸際に立たされている
キリは、もうろうとしかけている意識を保つのに必死だった。
仕舞いには、自分で立っていられなくなり、体の力が抜けたがそれを支えてくれた
タクトのおかげで座っていられるぐらいにはなんとか持ちこたえている状況だった。
魔術師隊として応援に駆けつけてくれた五人もキリに魔力を供給して
つらいだろうに、そんな表情は見せず、必死にキリを応援している。
それなのに自分がやすやすと倒れる訳にはいかなかった。

「ガリヤ様から貰ったこの石も役に立つだろ?」

「うん。立つ」

キリは返事もそこそこに真っ赤に輝く宝石に手を添える。
エラーから受け取った時から不思議な力を感じていたがそれは
膨大な魔力の塊だった。
追い打ちをかけるかのように真っ赤な石からわき出る魔力と、それに準じる精霊が
辺りを漂い、キリの術の最終仕上げに手を貸してくれた。

「よくも、よくも、私の魔力…っ!」

「本に閉じ込められるよりは…!いいんじゃないの?」

「いやーーーー!」

魔女はそう悪態つきながらも初めて、ようやく恐怖の表情を浮かべてキリを睨み付けた。
今までそんな風にキリを見た事がなかった魔女はアガタが言ったように
『翁の弟子』として初めてキリを一人の魔術師として見たのだ。
これまで数多くの魔術師と会ったが、自分と対等に並ぶ事が出来るアガタや翁のような
魔術師は殆どいなかった。
ドルチェでさえ、彼女はただの雛だと思っている。
しかし、ついこの間まで雛ですらなかったはずの少年がアガタを差し置いて自分の前に対峙している。
そしてアガタでさえ与えることの出来なかった、翁にしか与えられなかった恐怖を
アルマンディンにぶつけている。
アルマンディンは怖い、と心の中で呟いた。
自分のものが誰かに奪われるのがこんなに怖いものだと初めて知った。
沢山の命を奪い、家族を奪い、仲間を奪い、恋人を奪ったアルマンディンを助けてくれる人は誰一人として現れなかった。

最後のひとかけらが青く光る石に集結していく。
轟音と共に響いた魔女の悲鳴はその石に飲み込まれるようにして消えていった。
その瞬間、魔術師達の足元を照らしていたキリの魔法陣は一斉に消え去り、
魔術師達は自分達の魔力の流出がなくなったのを感じるとそれぞれその場に
力なくへたり込んだ。
魔力が小さい者も大きい者も、相応の魔力を魔女との魔力の綱引きに持って行かれたので
一気に体力を失ったのだ。
特に消耗が激しかったのはキリと、それに次いでアガタである。
キリは他の魔術師よりもアガタからごっそり、遠慮なしに魔力を吸って
使い込んでやったのだ。
師弟揃ってだらしない姿で地面に寝転がっているのを眺めて、
ようやく、魔術師隊のメンバーも、タクトも笑みを作る事が出来た。

「辛い…辛い…」

「アガタは…ゲホッ…そんくらい、平気だろ…!」

立つことも座ることも出来ないでいる師弟の傍らにタクト達が駆け寄る。
駆け寄るとは言っても彼らも体力が殆ど残っていないのでのろのろと
膝で這って近づいたのだったが。

「ねえ、魔女死んだの?」

マロシュがキリ達とは別に、ぐったり地面に倒れている魔女を指す。
少年達は人を殺したことがない。
今の戦いの最中でも、人を傷つけることはしていても人の命を殺めるまで
魔術を酷使してはいなかったのだ。
不安そうに見つめる視線を感じながらキリはゆっくり頭を横に振る。
魔女を生かす事は翁の意志でもあった。
彼は、魔女が罪の意識を持たなければいつまでたっても
解決したことにはならないのだと判断していた。
それに賛同したのは他ならぬアガタだった。
そしてそれを実行したキリも二人の『師匠』の気持ちは痛いほどよく理解できた。

「そ、そっか、いくら悪いって言っても、魔女も人間だしな、ウン!」

「何ビビッてんの?」

「び、びびってない!変な言い方するな!」

冗談を言い合う少年達の声が心地よく耳の中まで響く。
その中に混じって小さくポチの鳴き声も聞こえた。
キリはゆっくり降りてくるまぶたに逆らうことは出来ず、
そっと囁く風の精霊の言葉に甘えて少しだけ休むことに決め、そのまま意識を失った。



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