「キリ。キリが倒れそうになっても大丈夫なんだよ。キリが失敗しそうになっても大丈夫なんだよ。キリが望みさえすれば、助けてくれるんでしょう?」

「も、勿論です、アガタ王!」

ああ、いつものアガタだ、と思った時には返事をしていたのはラリサだった。
ぴしっと背筋を伸ばして顎を引き、まるで兵隊だとタクトはただぼーっと眺めるしか出来なかった。

「みんなそうだったでしょ。キリがそうしてあげたように、そうしてほしいと願ったらみんなが手を貸してくれたでしょう。忘れたの?」

「忘れてない」

「ならいいね。方法は教えてあるし」

「アガタ」

アガタはん?と聞き返す。
キリは槍を握る力を込める。

「手伝ってくれる?」

「大事な息子の為だもの、なんでもするよ」

「俺がアガタと血が繋がってなくても?」

「今頃そんなこと言うの」

「うん、今頃だけど、今言いたくなった」

幼い頃キリは両親に囲まれる友人や同世代の子供達を見ても、
一度も自分の生みの親について尋ねなかったし、アガタにそういう事を
気にする素振りもみせなかった。
アガタは不意に目を細めて頬を緩ませる。

「なんでもするよ。キリの為なら。キリがしたいようにしてあげる」

だって、翁の大切な弟子だもの。
翁がそう望んだことなのだから、そのキリが望むのならなんでもしようと
アガタは思っていた。
悔しさは心のどこにくすぶっているがそんなの水の精霊が流して消してくれる。
アガタはキリが魔女を倒す為のあらゆる魔術を継承する為のつなぎだ。

「俺、翁の顔なんて知らないけど、さっき魔女が持ってた本から、翁の気配を感じた。
すごく優しい人でしょう?」

「うん。優しくて頭が良くて、俺はあの人に一生叶わないとおもう」

「うん。そうだね。俺も多分叶わない」

アガタは少し寂しそうに言った。
キリは魔女に本の封印に閉じ込められそうになったとき、翁の気配を感じた。
それは風に乗って、キリの全身を突き抜けていき、アガタがどうしてキリを拾ったのかとか、それが義務や義理の類いではなかったこと、キリに嫉妬していること、いろいろな事を教えてくれた。
そして翁が本当に望んでいた事が、キリならば成し遂げられると教えてくれた。
しかし、キリは自分の力が翁の望みに到達している自信が持てなかった。
どんなに周りからすごいともてはやされてもきっと、キリは自信に溢れることは無かっただろう。
ずっとアガタの背中を見て育ったキリだからこそ、その背中を追い抜けないと思ったからだ。

(アガタは翁がすごいって言うけれど、俺はアガタが一番すごいと思う)

キリは持っていた槍で地面を一度叩く。
するとその場全員の足元に魔法陣が現れた。
ただ、アルマンディンだけは特別仕様で、キリ達の魔法陣の二倍ほどの大きさである。
まず、魔女の炎が一瞬で消えた。
魔法陣には結界作用もあり、魔女はあらゆる魔術が使えなくなった。
だが、そこは最強と言われる魔女アルマンディンである。
抵抗に抵抗を重ね、最大出力で炎を吹き出させ、結界を押し破ろうと
それを何度も繰り返している。
それに手を貸したのはアガタだ。
アガタはキリが作り出した魔法陣よりも更に一回り大きい魔法陣を作り、
結界を張って魔女がキリの結界を壊しても安易に出て来られないように保険を掛ける。
キリはいくらか安心して『城下町全体』へ意識を集中させた。
ノグのあらゆる魔術師の足元に突然現れた魔法陣はそれぞれの動揺を誘ったが、
特にノグ国民はそれがなんで有るのかすぐに察知することが出来た。
精霊達が術者達に触れ回っていたからだ。
幾人かが納得いかないと抗議の声を上げ、精霊に八つ当たりしていたが
契約に見合っただけの魔力をキリが魔法陣を通じて吸い取ってしまい、
精霊は言う事を聞かず、そっぽを向く。
言う事を聞かないとは言え、契約は継続中なのできちんと頼めば魔術を使うことはできる。
だが彼らはその頼むという事がよくわかっていなかった。
キリは、魔術師だけで無く周りの植物からも少しずつ力を分けて貰った。
特にアガタが丹精込めて育てていた植物園と、城の庭の植物は我先にとキリへ
力を注いでくれる。
おかげで魔女に張っている結界は、アガタの保険無しでも十分に機能するくらいに成長していた。

「これからどうするんですか?」

マロシュが尋ねると術に集中しているキリに変わってアガタが答える。
もともとアガタには魔術学院の教師と言う肩書きもあるので、
久しぶりに実地授業を行っているような気分になってくすぐったい。

「魔女のね、魔力を吸い取るんだよ。吸い取る力がキリには足りないから、
それを補う為にみんなの魔力を貰ってる。キリが貰った本には他の四大魔術師から
何か書き込んで貰ったんでしょ?」

「うん。でもあとでみたら真っ白でさ。なんにも書いてなかったんだけど…」

北の魔術師から受け取った本をワクワクしながら宿で開いたときのあの落胆具合を思い出してタクトは首をひねる。
西の魔術師の時もそうだったのでそれからはキリと二人、
そういう仕様なのだと思い込むことにして南の魔術師のところへ赴いたぐらいだ。

「必要なときに見られるようにそれぞれ細工をしたからでしょ。
西の魔術師の魔力の結晶化技術、南の魔術師の魔力の凝縮方法、北の魔術師の魔力の保存方法。俺達はそれぞれ西が風、南が地、北は炎、東が水って一応四大元素になってるから『つりあいのとれる』魔術を持ってる。まあそれぞれの研究対象はたまたま、偶然なんだけど」

「アガタ先生は?何を研究してたんですか?」

「俺がしてたのは植物。元気に育ったでしょう」

トマスが感動の表情で尋ねたが帰ってきた答えはなんとも味気ないものだった。
もっと、こう、バーンとすごい研究をできなかったのだろうか。

「…なんかちゃっちい」

「だって、俺がキリに教える対魔女の情報は翁に言われたあの術式だけだもの」

アガタにとってのキリへの付与材料はキリの生活すべてだ。
生きること、食べる事、寝ること、遊ぶこと、勉強すること、仕事をすること、
それらから伴う喜怒哀楽。すべて。そしてほんの少しの術の情報である。
キリは周りに集結してくる魔力を肌で感じて魔女を見据えている。
魔女は少し苦しそうで先ほどまでごうごうと音を立てながら吹き出していた炎も
すっかり消え去り、地面に片膝をついていた。
キリの結界が効力を発揮しつつあるのだろう。
キリは全身にうっすらと汗を浮かべて一人何かをぶつぶつと呟いている。
呪文と言うものが存在しないのでその類いではないはずだが
それはまるで魔術を呼び起こす詠唱言葉のようであった。
だが、実際にキリが口に出していた言葉と言えばどちらが低いだとか、
取り過ぎたとか、自分への叱咤の言葉が殆どである。

「本当に手伝わなくてもいいの?アガタ」

「いいもなにも、俺には何も出来ないし」

「うそくさ…」

親友の親へ怪訝な視線をぶつけ、タクトは心の中で
親友を応援した。







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