すべてはどこから始まったのか、誰にも分からないのかもしれない。
隣で仲間が傷ついている理由も、母親が恐怖に怯える子供を抱える理由も、
魔女を倒す理由さえ。

そもそも、なぜ魔女は倒すべき対象なのか。
その原因を誰も知らない。
ただ、闇の魔術師と言われた翁以外は誰も知らない。



「さて、そろそろキリが俺の悪口言い出す頃だから行くよ。
あんたはもう大丈夫でしょう」

そう言いながらしっかりドルチェを水の牢獄へ閉じ込めてアガタは女王の返事を待つ。
フォレガータはアガタが現れた事によってすっかり戦意を喪失した
アーネスト隊を捕縛したヘラルド達を見つめながらこくりと頷く。

「魔女がいるんだったらさっさと行け」

「酷い言い方」

そっけない言い方にへそを曲げたような口ぶりだったがアガタの表情はにこやかだ。
それが女王の照れ隠しだとわかっているからだ。
アガタは足元に魔法陣を浮かび上がらせてドルチェが捕まっているような水の壁を
作り出し、ごぼごぼと空気が乱れる音を立て、水が引いていくのと一緒に消えた。
いつ見てもすごい魔術だとフォレガータはこっそり感心していた。
キリがいる場所まで飛ぶのは簡単だった。
ゆっくりと姿を現すと少年少女がなにやら難しい顔を突き詰めて話し合っている。
その向こうの魔女は少しいらだたしげにしているが少年達を待っているようだった。
少し驚いてこっそりタクトの肩をつついてやるとキリの親友はびっくりした表情で振り返った。

「アガタ!」

「何してんのあんたたち」

あきれ顔のアガタに反応しなかったのは息子であるキリだけだった。
キリは自分の中の何かを整理するのが精一杯でそれどころではないらしい。
辺りにはほんの少しの安堵感が広がっていたがアガタの姿を目に入れて
再び怒りに燃えたのはアルマンディンである。

「アガタ…!」

「まだいたの。てっきりキリに封印されてると思ってたのに」

アガタはわなわなと肩をふるわせているアルマンディンをあざ笑った。

「それを今やろうと…」

「何もたもたしてんの、キリ?」

「今、今考えてる…!」

キリはアガタが現れて急に冷静さを半減させた見たいにおどおどしだした。
それに追い打ちを掛けてアガタはくすりと笑う。
5人の魔術師隊とタクトは二人の間にある少し違った空気に戸惑う。
そして俯いているキリにアガタは優しく子供に絵本を読み聞かせる親のように囁く。

「でもぐずぐずしないとほら、魔女がまた怒ってるから燃やされちゃうよ」

「そう言うならアガタだって手伝ってくれればいいだろ!
俺達が折角助けに行ったのに!」

「ちょっと五月蠅い、ガキ」

タクトが怒鳴りつけたがそれを一蹴するアガタ。
その威圧感に驚いて声も出なくなり、体も思うように動かなくなったタクトは
金縛りになったみたいに体を硬直させる。
それを見た5人の少年達も身を竦めている。
無意識のうちに何かを感じ取っているらしい。

「ねえ、怖いねえ?失敗したら一人から根こそぎ吸い尽くしちゃうもんね?
みんなの魔力には個人差があるし、底に眠ってるのかもしれない、みかけだおしかもしれないもんね?見分けるの大変だね?失敗したら、殺しちゃうもんね?」

「……っ」

「俺もこのままじゃ魔女に殺されるな〜。大変。そうしたら本当に、日の目見れなくなっちゃうかもしれないね」

アガタがキリの肩へ手を置く。
その手に力が込められていって恐怖を感じた。
それはアガタに対してではなくて、アガタの言葉への恐怖だ。
どんなに仲間に励まされても、その恐怖が消えるわけじゃない。
見ないフリをして和らげる事はできるがそれはただの気のせいなのだ。
けれどアガタは和らげてくれるどころがどんどん恐怖を増幅させていく。
魔女の力の大きさなどさして怖くはない。
キリが一番怖いのは自分で自分の力を制御できないところにあった。

「ごちゃごちゃと、何を言っているのよ…!お前は許さないわよ…!」

「格下の俺にびびってるくせに虚勢を張るのは止めたら、アルマンディン」

「翁の弟子の癖にその程度の実力で何を言うの!」

「そうだね、俺は選ばれなかった。翁が選んだのはキリだった。クッソ悔しかったけど。でも翁が選んだから仕方ないよ。俺は翁の望むとおりに出来れば」

「翁の墓が寝床だったものねえ?お前」

アルマンディンは皮肉をこれでもかと詰め込んでアガタに投げつける。
アガタはようやく、『傷ついた表情』をした。
アルマンディンの力に対して畏怖を感じた事はあってもアルマンディンの言動や言葉で落ち込んだことは一度も無い。
アルマンディンですら翁に相手にされなかったのを知っているし、自分よりも強力な彼女を差し置いて自分を傍に置いてくれた翁が大好きだった。
生きる希望が途絶えていた自分を拾い、翁の身の回りの世話をさせるための小間使いであったとしても、自分を大切に、『人』として扱ってくれた引きこもりの魔術師。
闇の魔術師と顔を焼かれ、城を追い出されても人間嫌いになっても人に絶望しなかった翁。
死の間際に自分の願いを叶えてくれる代わりに、アガタの願いも叶えてやろうと言われて
アガタはすぐに翁が生きながらえることを願った。
そこにアガタがいなくてもいいから、翁が生きてくれさえいればいいと願ったのに
翁はかなえてくれなかった。
あっさりと自分を一人にして墓石の下に潜ってしまった。

翁が弟子として選んだのは、厳密にはアガタではなかった。
翁がただ一人、弟子として認めていたのはアガタの弟子であるキリだった。



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