17

キリはアガタ以外の四大魔術師に一つずつ、知識を貰った。
実は魔術師達が記してくれた情報のどれ一つも、キリはまだ一度も見ていない。
いや。見ていないと言うのは誤解で『見られない』が正しい。
確かに彼らが本へ知識を記してくれたのを見たし、梅香から受け取った時は
確かに文字がびっしりかきこまれていたはずなのだが本を開けば真っ白なのである。


魔女は手のひらを胸の辺りで上に向ける。
するとそこに、今までなかったはずの本が一冊、浮かび上がった。
勿論、キリが持っている本とは別の物である。
真新しい本を取り出して開いたアルマンディンは持っていた鍵で
開いた本をトントンと二回叩く。
それが目覚めの合図かのように本から、いや、本自体の紙が勢いよく
伸びてキリの周りに壁を作る。
紙はぺたぺたと互いにくっつき合って、キリの周りを覆い囲った。
アルマンディンはとある魔術師が自分を封印したそれをキリに施そうとしているのだ。
そしてキリもまた、その偉大なる魔術師を真似て魔女を封印しようとしている。
だが先に先手を切ったのは魔女だった。
アルマンディンは次々と封じ込めの言葉が書かれたページをめくっていき、
キリの周りの壁に貼り付けていく。
壁はじわじわとキリの行動範囲を奪っていき、すでに四方上下一メートルほどにまで
迫っていた。
キリはぼけーっとそれを眺めていたがやがて大きく溜息を吐く。
そして何処か偉大なる魔術師の温かみが感じられてついつい表情をほころばせた。

「俺は全然下っ端の魔術師だし、経験も知識も浅いけれども、アガタの事は
とっても尊敬しているしすごいと思ってます。でも、それ以上に
貴方はすごかったんですね」

キリの声は魔女にも聞こえなかった。
それぐらい、魔女はキリの周りの壁を厚く張りつけていっていた。

「翁」

キリが名前を呼んだのと同時に魔女へ一斉攻撃が加えられる。
タクトが引っ張ってきた魔術師隊はフレデリック隊にいたのが3名、ドゥシャン将軍から2名借りての計5名編成である。
その指揮をとったタクトは、微力でありながらもありったけの魔力を込めて
手に持つ二振りの、炎を纏わせた剣を魔女が作った壁へ振り下ろした。
紙で厚く作られた壁はちりちりと燃える剣に反応して一気に炭と化していく。
繭のようなものから現れたキリはすでに魔法陣を作り出しており、
タクトはすぐに魔女とキリの間に立ってキリを背後に庇うように剣を構え直した。

「遅い!」

「うるさい、隊長説得するのに時間かかったんだよ!」

タクトは苛々しているキリに売り言葉に買い言葉である。

「おい、タクト!ほ、本当に魔女に勝てるんだろうなっ」

「あ〜、ダイジョウブダイジョウブ!皇子様がついてるから!」

「いや、誰も勝てるとは言ってない…」

「ふっざけんなよ、キリてめぇ!人が折角丸め込んだのに!」

「まあタクトの今の言葉で全部台無しだけどな」

魔術師隊の一人がタクトへ不安そうな表情を浮かべながら魔女への攻撃を続けている。
キリがすべてを台無しにしてくれたと言わんばかりだったが
キリから言わせればタクトが墓穴を掘ったのがとどめをさしたと思っている。
魔術師隊の面々はほぼ、タクトと面識があった。
実を言えばキリもあるはずなのだが、キリはその殆どを覚えていなかった。
だが、魔術師隊の誰もがキリをよく知っていた。
彼らはキリと同室で魔術を学んでいる魔術学院の同級生に当たるのだ。

「大体、これからどうしたらいいのよ!ココに着いたら説明するって言ったけど!」

「そのまま一点集中で魔女に攻撃続行してて」

「こ、このまま!?ムリに決まってんだろ!最大出力なんだぞ!?もう魔力が尽きそうだってのに!」

ヒイラギ、ラリサの二人の女子はキリのそっけない余命宣告のような言葉に悲鳴を上げる。
二人とも、フレデリックが担当していたエリアですでに相当の魔術を駆使しており
体力的にも限界がきていた。
青ざめてタクトへ勝算の確認を確認していたマロシュももはや目の前の魔女から
死しか感じないようだった。
トマス、イクセルはドゥシャン隊から借りて来た人材で、まだ戦闘らしい戦闘していないからか余裕が窺える。

「魔力は俺が供給する。俺も少しは水属性を扱えるけどそれでも『少し』のレベルだから、それなら存分に扱える人に魔力渡した方が効率がいい」

「そ、そんな事できるわけないだろ!いくら東の魔術師の弟子だってなあ!」

イクセルは緑がかったふわふわの髪を振り乱した。
いつも教室の隅っこの席で、タクトとしか殆ど会話をしていなかったキリの事がイクセルは嫌いだった。
血も繋がっていない、田舎の山から出て来た田舎者がたまたま拾われた魔術師が女王と結婚したおかげでぬくぬくと自分と同じ教室でハイレベルの教育を受けているのだ。
そもそも自分の力でのし上がったわけでもないヤツがそれを鼻に掛けて周りの人間と距離を置いていたようなヤツが、自分に指図するのが何より気に入らなかった。
決してキリが女子にモテていたからと言う理由ではない事を付け加えておく。

「死にたいんだったらお前はいい。他の4人に協力して貰う」

「キ〜リ〜!」

「じゃあ後は誰がやれるんだよ、アガタなんて全然手を貸す気は無いし…!
今だって足止めにだってなってないじゃないか!」

不意打ちを食らわすことはできたが、キリの言う通り、魔女アルマンディンは
5人の攻撃に顔も歪めていない。
力の差が歴然過ぎて何人かは心が折れかけている。

「とぁっ!」

「いたっ!ふざけんなよタクト!」

キリは涙目になりながら殴られた肩をさする。
相当痛かったようだ。

「お前なんかいたっていなくたってどうにもなんねーんだよ、
なにはりきってんだよ。だからみんないるんだろ。勘違いすんなボケッ」

「はりきってる、わけじゃ…」

キリはまくし立ててくるタクトの気迫に押されてさっきまでの威勢がどこか
遠くへ飛んでいってしまったらしい。
急にびくびくと怯えた犬のように肩を竦めてもごもごと反論を述べようとしたが
キッと親友に睨まれたので喉に言葉が詰まる。

「いーやはりきってるね!つーかイクセル!お前も前はキリと仲良くなりたいとか
ほざいてたくせになんだよツンデレしてんじゃねーよ!」

「な!ぼ、僕は別に!」

「お前達のお友達ごっこに付き合うのも飽きてきたんだけれど?」

赤子の手をひねるように魔術師達の水柱を手で払いのけた魔女は溜息交じりに言った。

「もうちょっと待って。すぐ終わるから。魔女でしょ。それくらいサービスしてよ」

「お前、面白い子ねえ」

アルマンディンは本当にそう思っているらしく、タクトに制止されても
楽しそうに大人しく成り行きを見守る体勢に入っていた。










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