16

渦巻く炎を憎らしい子供とサラマンダーへ躊躇無く向けるアルマンディンは
奇妙な違和感を感じた。
ケルベロスで子供達を襲わせ、視界が一面真っ赤に染まる。
そしてじきに人が焼け焦げる匂いが立ちこめる頃だと言うのに
ケルベロスも戻ってこない。
そんな風に思っていた時、その違和感は目前に現れた少年になって現れた。
同じ金の色をした髪の毛を持つ少年は自身の体の周りに風を纏い、炎から身を守っている。
得意の武器としている槍を構えて、炎の渦の中心から現れた少年は
魔女の心臓目がけて鋭い切っ先をつきだしてきた。
ひと思いに貫かれると思われた槍は魔女が咄嗟に放った炎に切っ先を逸らされて
わずか魔女の肩をかすめた程度だった。
魔女はかなりの距離の間合いを取って少年から離れると少年をぎろりと睨み付ける。
少年と、子供達の間には僕のケルベロスが力なく横たわっていた。

「お前…!」

「くっそ、なんでコレで避けるかな…!」

キリとしてはこれ以上ない、完璧なまでに魔女を捕らえていたと思っていたので
思わず舌打ちをする。
そして魔女を見据えたまま後ろの兄妹達へ声を掛けた。

「ケガしてないな!ルーシーも!」

三人は三用に「に、に、にーさまああ!」とか「キリ兄様!おかえりになったんですね!」とか「キリ皇子!」とか声を上げる。
カントに至ってはもう泣きじゃくっていて鼻水をすする音まで聞こえた。

「申し訳ありません、皇子、私がついていながら姫と皇子を危険に…」

「逆でしょう。エムシもカントも、普段訓練してるくせに何してんの?
母さんにいつも言われてたよな?部下も守れなくて何が姫か、何が皇子かって」

キリはぴしゃりとルーシーの言葉を遮って二人の兄妹へ矛先を向ける。
カントはもう言葉になっておらず顔をぐしゃぐしゃにして大泣きしている。
エムシは、事の重大さがようやく理解できたのか真っ青な顔で俯いた。

「ごべんなざいにいざま〜!」

「ごめんなさい…」

「出来ないのならうろちょろするな」

「キ、キリ皇子、お二人はうろちょろしていたわけではなく…!」

助けに来た兄皇子はこの厳しい状況の中更に弟と妹へ厳しく接する。
ルーシーはついさっき現れた恐らく事情も詳しくわかっていないであろう皇子を
宥めようとしたがキリはそんな事はどうでもいいようだった。
無数に放たれる業火の玉を結界で防ぎながらポケットをまさぐり、
後ろの方へ乱暴に投げつけた。
転がってきたのは手のひらサイズの宝石のような赤い石で、周りの炎の揺らめきが
映り込んでいてとても綺麗だ。

「カント!それを使ってサラマンダーに助けて貰え。エムシはルーシーの護衛!
分かったら城まで全力疾走!」

『カント、コレは魔力の塊だ。兄の言う通り使わせて貰え』

「う、うん!」

カントが投げ出された石を両手でしっかりと胸に抱き寄せるとこもった鼻声のまま頷く。
大好きな兄が珍しく兄らしい素振りを見せているので呆気にとられている所為もある。
エムシは兄の言葉の中に『兄自身』が入っていないのに気がついてこわばった表情のまま俯いていた顔を上げる。

「わかりました、兄様はどうするんですか!」

「こいつを倒す」

とは言ったものの魔女を倒すのは絶対に不可能だ。
魔女の意表を突いたからと言っても魔女に勝るわけではない。
その方法もわからないのだからずっと昔に魔女は真本に封印されたのだ。
三人は兄の邪魔になってはいけないと言われた通りに大急ぎで城へと走り出す。
その気配を背中で感じながらキリは三人が安全な場所へたどり着くまでこっそり
結界を張ってやる。
倒すなんてただのハッタリで、三人が無事でさえいればそれでよかった。

「もうアガタは諦めたんですか」

キリはアルマンディンに話しかけたがついつい敬語になる。

「どうせドルチェがフォレガータを殺すからいいわ」

「そのドルチェって人は失敗したみたいですよ、アガタにビビって」

「そう、失敗したの。そうね、怒ったアガタってすごく怖いものね。あの子にはムリだわ、アガタの相手なんて」

アルマンディンはキリとの会話で徐々に平常心を取り戻しているようだった。
その証拠に辺りの炎の揺らめきが怒り狂っていたときよりも安定している。
キリがこの場所へ来たのはアガタの指示だ。
コーツァナ城に捕らえられたアガタをようやく探し出したキリとタクトは2重に掛けられた結界を見て一瞬躊躇った。
だが、内側の結界がアガタ自身が張ったものであると知るとすぐさま魔女の結界の破壊に
取りかかった。
しかし、魔女の結界はなんとキリとタクトをあっさり受け入れてアガタの元へ連れて行ってくれた。
魔女の結界は『アガタ以外の人間』の侵入を難なく許すものらしかった。
それもそのはず、魔女が外出している際のアガタへの食事の配給などはコーツァナ城の
侍女が行っていたからだ。
仮に、魔女以外の侵入を許していなければアガタは長いこと食事も満足にとれず、着替えもままなっていなかっただろう。
どこか守りの緩いその結界へ足を踏み入れた二人はアガタにキリの魔法で外へ連れ出すようにと言われた。
アガタの結界があっても魔女の結界の効力の方が上らしく、アガタの魔術は使用制限がかけられている状態であった。
ソレは勿論、アガタが逃げ出さない為のものだったが、だからと言って大人しく指をくわえて待っていなかったアガタは魔女の結界をなるべく弱体化させるために
限りなく小さな穴を無数に開ける。
魔女にはすっかりバレていたが、その意図までは魔女は掴めなかったらしく、アガタがただ単に外と連絡を取る為に四苦八苦していて、ムダな労力を費やしているのだと勘違いしていた。
キリは言われた通りアガタとタクトを連れて、とりあえずコーツァナ城の外へ飛んだ。
ウォンネーゼが来ているとアガタに告げたら放っておいても勝手に帰ってくるから大丈夫と言われてしまっていくらか困惑する。
ノグからずっと見守ってきてくれていた叔父を置いて行くのがしのびなかったのだが、
それでもアガタは大丈夫だと言い切った。
コーツァナ兵がノグまでもう迫っているとアガタから聞き、大急ぎでノグまで飛んだ。
だが、ひとっ飛びと言うわけにはいかない。
どれだけ魔力があるアガタでもキリでも長距離の移動は体に負担がかかりすぎる。
なので、交互に飛ぶことにして、お互い体力の温存を図り、ノグまですっ飛んできた。
行きの道のりもこれができればどれだけ楽だったたかとタクトが漏らしたら、
それは『修行』の一つだと思えばいいとアガタが笑った。
そしてノグに着くなりフォレガータの危険を察知したアガタは静かに怒って飛んでいった。
その際にはカントとエムシのところへ行くようにとキリに言い聞かせるのを忘れなかった。
そこに魔女がいることも漏らさず教えてくれた。
属性としてはアガタが一番魔女に対抗できるのだから、アガタが行けばいいのにと
抗議の声を上げたが一刀両断される。
キリの為だとその一点張りだったが、キリはこっそりアガタは魔女が怖いから行きたくないのだと思っていた。
そして、魔女が今目の前にいる。

「…このまま本に封印されてくれれば嬉しいんですけど」

「いやよ。本の中は暗いし、寂しいもの。気が狂いそうになるんだから。お前も一度入ってみればいいわ。あそこは地獄よ。地獄にみんなが私を閉じ込めるの。酷いと思わない?」

魔女は手のひらに何かを弄んでいた。
それは魔女を本に封じ込めた時に使われた、鍵だった。


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