14

ルーシーはカントを乱暴に自分から引きはがすと無我夢中でエムシに駆け寄った。
だが人間の足と、魔女の魔法の早さとでは雲泥の差がある。
手を伸ばした小さな背中は転んだ痛みにまだうずくまっていて
炎の鞭が迫っているのに気がついていない。
自分の手の向こうに炎が現れる。
それはとてもゆっくりと時間が流れるように感じられてルーシーは
心の中で女王への謝罪の言葉を叫びまくっていた。
そして自分の助けにもならない助けが間に合わないとそう確信した時、
ルーシーは自分の目から涙がこぼれていくのに気がついた。

「にーさまいじめちゃ、だめー!!!」

魔女が操っていた炎が急に目標を変えてルーシーを無視し、そう叫んだカントへ
すさまじい勢いで向かって行く。
炎から逃れたエムシに覆い被さるようにしてルーシーが倒れ込み、
すぐさまカントへ視線を向けるとカントの目の前で魔女の炎が渦を巻いてくすぶっていた。
その高温たるやルーシーもルーシーの腕から顔を出していたエムシも
魔女さえも顔を覆いたくなるほどのものである。
魔女は自分の意志に逆らってうごめく炎に驚いているのか言葉を失って目を見開いている。
わずかに炎が上に逸れると、ちらりとうつる何かの影が見えた。
小さなトカゲのようなものがカントの膝の先にちょこんと座っている。
トカゲは炎が触れるか触れないかの位置にいて、その細い首を更に空高く
持ち上げると行き場を無くした炎をこれまで以上の威力を加え、天高くはき出した。

「サラマンダー…?嘘でしょう……」

『嬢、ケガはないな?』

「トカゲさんがしゃべった!」

魔女は確かにサラマンダーと言った。
サラマンダーは火の精霊の王の総称である。
その業火に焼き尽くせないものはないと噂されているが真実であるのかは
誰にも分からなかった。
何故ならサラマンダーは滅多に人には従わず過去、魔術師で火の精霊を扱ったものでも
数人しかいないとされており、存在したいも伝説に近いものだったからだ。
魔女も何度か交渉してその伝説のサラマンダーを配下につけようとしていたが
サラマンダーはそのすべてを蹴って魔女に背を向けていたのである。
攻撃に特化した火の魔法であらゆる属性の精霊よりもまさる、
最強の矛とも言われている。
性格は比較的頑固で生真面目、性格的に気むずかしいところがあった。

「私のところには一度も来なかったのに…!どうしてそんなガキを…!」

『私は貴様が嫌いだ。嬢はとても良い心を持っている。それだけだ』

魔女はわなわなと体を震わせていたがサラマンダーは
気にも留めていないようだった。
トカゲなので表情が分からない分、いまいち掴めなかったが、
ルーシーはエムシを抱え起こすと急いでカントの元へ戻る。
カントと言えば目尻に涙を残しながらももう怯えてはいないようで、
近所のネコにでも話しかけるようにトカゲをその小さな両手でひょいと持ち上げる。
サラマンダーは逃げる事も無くカントの手には余るしっぽをゆらゆらさせてじっと
少女を見つめた。

「トカゲさん、じょうってなに?」

『お嬢と言う意味だ』

「カントは嬢って名前じゃないよ、カントだよ」

『そうか、嬢』

「カント!」

『…カント、嬢』

「カント!!!」

『…カント』

「トカゲさんのお名前は?」

『私に名前はないが人間はサラマンダーと呼ぶ』

「じゃあサラね!」

『…好きに呼べ』

表情があれば恐らくげっそりしていたに違いないがそれはサラマンダーの声でしか
判別できなかった。
けれど嫌がる素振りもないのでさほどそのやりとりが嫌いではないのだろう。

「ケルベロス!」

魔女が呼ぶとすらりと伸びた足元に一匹の獣が現れる。
ケルベロスはハッハと荒い息を吐いて体勢を低くして小気味悪いうなり声を上げる。

「そんな、子供に、私が劣るなんて、許せない…!殺す、殺す!」

サラマンダーが舌打ちしたのが聞こえた。
魔女は一言一言噛みしめるように呟いて今度は先ほどの炎など比ではないぐらいの火柱をあちこちに立ち上げる。
あまりの高温に周りの木々が発火し、煉瓦造りの壁はどろどろと解けていく。
熱さで呼吸が苦しくなって、全身から汗が噴きだしているのにも関わらず肌はさらさらしていた。
あまりの熱さにわずかな水分さえも蒸発しているのだ。

「な、なんとかならないんですか、サラマンダー!」

『じょ…カントの魔力がさっきので底をついた、ムリだな』

精霊は力を貸してはくれるがそれはあくまで魔術師の魔力を使用しているからにすぎない。
供給源がからっぽであれば精霊はあたりを漂う浮遊物と同じだ。
ひりひりしてきた喉から懸命に絞り出した言葉は火の精霊王によってあっけなく散っていく。
今度こそ終わりだと、ルーシーだけで無くカントもエムシも幼心に思った。




[ 107/120 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -