12

唇と唇が合わさるまで15センチ。
ドルチェにとってそのゆっくりと流れる時間も、耳障りな男達の声も、
剣が混じり合う音さえも夢のように感じられた。
だから、それも夢であって欲しいと心から願った。


「ねえ、それ以上近づいたらどうなるか分かってるんだよねえ?君、お名前は?」


声を掛けられる前から全身から冷や汗とも脂汗とも言いがたいものが吹き出す。
いつのまに、とも声を出すことが出来ず呼吸が荒くなっていく。
パニックを起こさずにいられただけまだ自分の心が折れていないのが救いだった。
背中に人肌のぬくもりが感じられたが、ドルチェにはそれはそれは寒々しく思えた。
フォレガータの頬に添えた自分の手にはもう一つ、誰かの手が添えられている。
掴んではいない、添えているのだ。

もう一度低い声でお名前は?と尋ねられてドルチェは震える唇を必死に動かす。

「ド、ドルチェ…」

「それは君の名前じゃないでしょう」

「ドルト、ニータ」

「そう、ドルトニータ。それじゃあゆっくりフォレガータから離れてくれる」

ドルチェはゆっくり、声の主の体に自分の体を預けるようにしてフォレガータから離れる。
泳ぐ視線の中、ちらりとフォレガータと目が合うとフォレガータも青ざめた表情をしていた。
魔女に捕まっていた間はあんなに大人しかった魔術師。
そして本来で有ればここにいるはずのない男は周囲にも殺気とも威圧感とも言えないものを放出していてドルチェだけでなくアーネスト隊もヘラルド隊も
肌で感じている恐怖感に身を震わせている。
ただ、その対象が今はドルチェだけに向かっているので、
アーネスト隊とヘラルド隊は互いを攻撃する事でなんとか理性を保っていられた。

だがドルチェは違った。
自分の足で愛しい人から離れたドルチェはまだ見えない殺気に全身を貫かれている。
早く、早く誰かこの呪縛を解いて欲しいと心の中で必死に願った。
アルマンディンの名前も呼んだ。
しかしドルチェを助けにくる人間は一人もいなかった。


「良い子だね。君が魔女の弟子?まあ優秀な弟子を持ったなあの魔女も」

アガタが吐き捨てるように言う。
アルマンディン様に怯えていた癖にとドルチェは心の中で悪態つく余裕が出て来た。

「お前、どうして、…と言うかどうしてドルトニータが良い子なんだ」

「は?」

「私以外にはぽんぽんぽんぽん可愛いだの良い子だのと…!」

「…ねえ、今そこを問いただすところじゃないと思うんだけど?」

急に辺りの冷えた空気が消えた。
フォレガータのずれた嫉妬によって呆れたアガタが警戒を解いたからだ。
ようやく息つくことの出来たドルチェはしたたった自分の額の汗を拭う。

「今も後も同じだ。大体お前はあっさり魔女に連れ去られたくせになんでこんなところにいるんだ、キリはどうした!お前を助けに行ったんだぞ!」

「来たよ。大事な息子だもの。ちゃんと連れて帰ってきたよ」

両隊の何人かが膝を折る。
アガタの圧力が相当だったらしく腰が抜けたらしい。
ようやく立っているアーネストやヘラルド、数人の兵士達も戦って流した汗よりも
プレッシャーによる冷や汗の方が割合が多かった。
空気が変わった、と誰もが感じ、ポチが現れた時のように無意識のうちに剣を降ろす。
一番呆気にとられたのは女王と王であるアガタの夫婦の口げんかだ。

「逆だ、お前が連れて帰られたんだ、ざまあみろ、余裕なんて見せるから足元を掬われるんだ」

「見せてないって。何、怒ってんの?俺がいなくて寂しかった?」

「うるさい、戻ってきたなら仕事をしろ。アーネスト隊を捕縛しろ!」

「ねえ寂しかったの?」

たたみかけるように尋ねるアガタ。
多分、恐らく、絶対、確定してもいいくらい寂しかったであろうフォレガータは
互いににっこり笑い、或いは睨み付けて火花を散らしている。
元はといえばこの夫婦が戦の原因のようなものでもあった。























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