10
6年も経てばキリはすっかり王宮での暮らしにも慣れ始めた。
小さな木造の家から、そんな家がすっぽりと納まってしまう程の一室を宛われた時にはどうして良いかわからなかった。
大きなふかふかのベッドも、綺麗なカーテンも絨毯も。
今でも時々自分にはすぎる贅沢だと思う。
「おにいさま、どこいくの」
「おにいさま」
「いや、その…ちょっと…」
裾をひっぱる小さな手に困惑して、キリはしどろもどろ答えようとするがやはりうまくはいかない。
まっすぐに見つめる目に溜息をついてとうとう観念した。
「…準備できたのか?お前ら」
「うん!おかあさまがきせてくださった!」
「アガタは?」
「とうさま、またおかあさまにおこられてる」
「ああ、やっぱり…」
自分ですらこれから行われる会食から逃げようと思っていたのだ。
あのアガタが大人しくしているはずがないのだ。
師弟そろって脱走に失敗してしまったがキリは小さなレディを部屋の外にいた侍女に任せ、血の繋がらない幼い弟を部屋に残して着替えを始めた。
「キリにいさま、今度魔術おしえてください」
「魔術ならとうさまの方が沢山知ってるよ」
「それと、槍も」
「槍もとうさまの方が強いよ」
「おれ、知ってるんです。キリにいさまの方がどちらも強いんでしょう?」
ズボンを履き替えたところでキリは試しているのかと思うくらいにじっと見つめてくる弟の目を見た。
母親譲りのしっかりと前を見据える目だ。
キリはアガタとも、勿論フォレガータとも血のつながりはない。
当然弟とも、妹とも縁はないが彼らはキリを兄と呼ぶ。
キリはアガタが拾った捨て子だった。
「あのな、俺がとうさまより強かったらこんなとこにいないぞ?」
「でもとうさまが言ってた。キリにいさまはつよいって」
「…オーケー。わかった。 …アガタのやつ…」
嬉しいやらありがた迷惑やらでキリは背中がむずむずしたが兄の了解を得た弟が頬を紅潮させて喜ぶ姿を見れば悪い気分ではないと思った。
ぱりっとアイロンの効いた上着に袖を通して胸のボタンを一つ一つ閉めていく。
いつ着ても王族の服は肩が凝る。
「にいさまかっこいい」
「ウォンネーゼ皇子の方がかっこいいだろ」
「おじさまもにいさまもかっこいいです」
首を横にめいっぱい振って答える弟の頭をくしゃりと撫でたら弟は嬉しそうに笑う。
思わず和んでいたら部屋の外に出した妹がぐずり始めたのでキリとエムシは大急ぎで部屋を出た。
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