11

「ポチ!?」

フォレガータが素っ頓狂な声を上げる。
アーネスト隊も、ヘラルド隊もフォレガータと同じようにきょとんとしていた。
大きなヤギは悠然とヘラルドに尻尾を向けて、アーネスト隊を見下ろす。
どこから迷い込んできたのかとアーネストが眉根を狭めているとヘラルドがヤギに話しかけた。

「おいこら、ヤギ!邪魔だどけ!」

「待て、ポチ、お前どうしてこんなところに…アガタとキリを探しに来たのか?」

ヤギを驚かそうとぶんぶん剣を振り回す兵士を抑え、フォレガータが一歩踏み出す。
ヤギはフォレガータの言葉を理解したのか首をぶるぶると振った。

「違う、のか…?それではなぜ…お、おいなんだ、押すな」

ポチは大きな角が生えている頭をもたげさせてフォレガータを優しく、
けれどどこか強い意志を持って城の方へ押しやる。
ある程度のところまで押し切るとポチは軽やかな足取りでまたヘラルド隊の前を
陣取った。
しっかりヘラルドに尻尾を向けていて後ろからでもヘラルドが渋い顔をしているのが
手に取るように分かる。

「私を、助けに来たのか?」

フォレガータが恐る恐るそう呟くとポチはヤギ特有の鳴き声を森中に響き渡らせた。
その瞬間、今まで姿どころかその声さえ聞くことのなかった動物たちが
一斉に姿を現してアーネスト隊を取り囲んだ。
小鳥、リス、いたちから、鷲、鷹、狼、イノシシ、鹿、果てには熊に至るまで
様々な動物がどこから出て来たのかわからなかったがそのどう猛な息づかいを持って
アーネスト隊を取り囲む。
小動物ならばまだ可愛い。
狼や熊などに睨み付けられたコーツァナ兵達は流石にすくみ上がって
小さく悲鳴を上げる。
時々威嚇とばかりに熊が唸るとアーネスト隊は互いの体を寄せ合って
体を硬直させてた。

「お前、この山の主か?」

ヘラルドが尻越しにヤギへ声を掛けるとポチはちらりとヘラルドへ頭を向ける。
どうやら本当に言葉を理解しているらしくヘラルドおよびヘラルド隊兵士は
やり場のない剣先をのろのろと地面に降ろしていく。

「えーと」

「隊長…?」

後方からかけられる間の抜けた呼び声にヘラルドはこめかみを揉みたい気分になる。
この持ち場を死守して、戦場へ華々しく戻ってこそ今回の作戦は(ヘラルドに限った事ではあるが)成功するはずだった。
しかしその見せ場を突然現れた山の主に総横取りされて、ヘラルド隊は
間抜け面を晒しているのである。
急だったとは言え準備も完璧に終えて迎えた戦闘だっただけにすっかり出鼻をくじかれてしまった。
これにはさすがのアーネストも想定外だと目の前の狼たちのスキを伺うが
どの狼も互いの間合いを守ってアーネストを睨み付けている。
動物たちの敵意が明らかにコーツァナにしか向けられていないのを確認してヘラルドが
フォレガータへ指示を仰ごうと振り向いたときだった。
さっきまでそこにいなかったはずのフードを被った魔術師がフォレガータを捕らえていたのである。
今度は違う緊張感がヘラルド隊に走り、兵士達は一斉に武器を持ち直した。

「アーネスト殿。何をもたもたしているのですか」

「ドルチェ殿…か?」

「女王は捕らえました。動物たちも足止めしてやります。さっさと殺しなさい」

ドルチェと呼ばれたフードの男が言うと動物たちはさっきまでのどう猛さをどこかに忘れ
急に怯えた表情で体を震わせていた。
試しにとアーネストが一歩前へ出ると動物たちが後ずさる。
アーネストは口元に笑みを浮かべて剣を振り上げ、自隊の士気を上げた。
二つの部隊は互いに剣を交えて応戦を始める。
ポチだけは他の動物のように怯えてはいないようで、ヘラルド達と一緒に前足で兵士を踏みつけたり後ろ足で蹴り上げたりその太い角で突き上げたりしている。
音も無く表れた魔術師はフォレガータを壁際まで追いやるとまず腰の剣を
火の魔術でどろどろに溶かした。
自分に危害を加えさせない為らしいがそもそもあらゆる武術に長けている女王が
剣一つ失ったところで抵抗しないだろうと舐められているのがフォレガータには腹立たしかった。

「そこをどけ」

「いやです。貴女を攫いに来たのに、ようやく得た好機なのに逃しません」

「コーツァナへ私の首を差し出すか」

「あんな愚王にどうして貴女を差し出さなければならないのです」

「?」

「貴女をずっと待っていた。貴女を手に入れられる日をずっと」

ドルチェはフォレガータの頬に優しく愛おしむように手を添える。
頭一つ違う魔術師のフードがするりと滑り落ちるとどこかで見たような
顔が自分をじっと見つめていた。
フォレガータは自分の記憶が一気に蘇っていくのを感じて少しの寒気を体中に走らせる。
自分とそっくりな瞳と髪の色、整った容姿、それはずっと昔に会ったことのある
従兄弟に当たる少年の姿。

「ドルトニータ?」

「今はドルチェだよ、フォレガータ」

剣と剣がぶつかり合う音の合間に、ヘラルドの叫び声が聞こえる。
ゆっくりと近づいてくる顔はどこまでも整っていて美しかった。
造りの似ている相手にそう思うなど少し自意識が過剰かも知れないが
純粋にそう思えた。




[ 104/120 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -