13

少し時間は遡り、
ドゥシャンが守りを固める前衛よりもずっと後方には、医療部隊が
戦闘で傷ついた人達の手当をするテントが設置されていた。
戦闘でケガを負ったのは何も兵士だけではなかった。
城下に住んでいた住人達がドゥシャンのかき集めていた隠し通路を使いながら、
意表を突いて街に侵入してきたコーツァナ兵へ石を投げたり農具で追い払ったりしていたのだ。
ノグの城下に住む人達は、フォレガータを信頼していたが、
それ以上に自分達を信頼して欲しかった。
確かに女王のように武器の扱いに長けているわけでも、戦闘において知略を巡らせることも出来ない。
魔術師のように精霊を扱うことも出来ないが、小さな力を沢山集めてぶつけることは出来る。
それはフォレガータの信頼を得るのと同時に家族を守りたいと願うただ一つの心からであった。

「姫、さあ荷物を持って、お城へ行きますよ」

「カント急いで」

「まってにいさま」

ルーシーとエムシに急かされたカントは手をさしのべてくれる兄へ必死に手を伸ばした。
しっかり握り合ったのを確認してエムシはルーシーを見上げる。
もうこの簡易テントの中には3人と、乱雑に捨て置かれた血のついた布しかなかった。
けが人は大急ぎで手の空いている兵士をとっ捕まえて城へ運ばせ、医療部隊も
普段は人任せにしている仕事も自ら手を伸ばして請け負っていた。
戦場では医師もだろうと看護師だろうと素人だろうと関係ない。
ケガを負った人は手当をする、ただそれだけにつきるのである。
主に医療部隊の護衛を行っていたのはフォレガータの妹であるシャンニード部隊だ。
彼女が率いる部隊は全員が女性で編成されており、その容姿からは想像も出来ない程の
実力を兼ね備えたまさに文武両道の女性兵士ばかりである。
彼女達は時々他の部隊エリアから『こぼれて』きたコーツァナ兵から医療部隊を守るという使命を負っていた。
今回の撤退も彼女達がいたおかげでスムーズに行えたと言ってもいい。
ただ、小さな姫と皇子だけは全員がすべて城へ行くのを見届けてから向かうとだだをこねたので一番最後になってしまった。
大切な姪と甥が残るならばとシャンニードも残ると言ったのだが小さな体の二人の姪と甥はまさしく王族と言っても過言ではない態度で叔母の申し出を断った。
カントと同じくらいの年頃の女の子がケガをした父親との
思い出の品を落としてしまったと泣きわめいていたのでカントが探してから行くと
見栄を張った所為でもある。
シャンニードは迷っていたようだが侍女のルーシーも同行すると請け負うとそれでもしぶしぶ頷いて自分達の使命を全うしに行った。
確かに家族は大切だが彼女達王家はそれ以上に民に気をかけるのだ。

「もう、我が儘はだめだからな!」

「でもにいさま、見つかって良かったよね?」

「うん、なくするなよ」

「なくさないよ、あの子のだいじなものだから、バックにいれたもん」

本人達は至極真剣に話し合っているようだがどうにもそのサイズからなのか
会話の内容からなのか緊張感がストンと抜け落ちてしまっている。
ルーシーは、まだ安全とは言え前線に近いこの場所でこんなに悠長にしていられるのも
王族の肝が据わっているからなのかといぶかしむ。

「さ、急いで下さい。まだまだけが人はいるんですからね」

「そうだよ、急がないとダメだよ」

「どこに行くの?私を置いて行ってしまうの?」

三人が振り向くとさっきまでいなかったはずの女性がぽつりと立っていた。
金髪の髪を風に揺らして、薄く浮かべたほほえみはどこか気味が悪い。
ルーシーは二人の子供を両脇に抱えて不穏な空気を読み取り、さっと警戒してみせると
皇子のエムシが怯えたようにルーシーへしがみついた。

「魔女だ…!」

「そうよ、よく知って…あら、お前、アガタの子ね。目がそっくり」

エムシはアルマンディンにそう言われたが、今の今まで、
他の人に父に似ていると言われた事がなかった。
どちらかと言えば父の血を色濃く受け継いでいるのは妹のカントである。
エムシは子供の自分に取り繕う大人達と同じ目をした魔女をキッと睨み付ける。

「父様をかえせ!」

「返せだなんて人聞きの悪い。アガタは自分から私のところに来たのよ。…まあ
自分から出て行ってもしまったけれど」

心外だと言わんばかりの態度はすぐにそら寒い視線に変わる。
どうやら魔女がものすごーく機嫌が悪いのだというのだけは理解できた。
ルーシーは二人の子供を庇うようにして自分の後ろへ追いやると、
それ以上エムシに魔女を刺激させないようにする。

「出て行ったというのはどう言う事です?」

「お前の主のところにでも行っているんじゃないの…」

魔女の機嫌がますます悪くなっているのが手に取るようにわかるルーシーは
思わず失敗したと舌打ちしそうになったのをぐっと堪える。
現に魔女の周りには少しずつではあるがゆらゆらと炎の渦が表れて大きくなっていく。
子供達を守らなければ。
特にカントは次の女王候補なのだ。
ルーシーは自分がただの侍女である事をこの時ばかりは心の底から恨めしく思った。
兵士ならば、或いは魔術師ならば、二人を逃がすことくらいは出来たかも知れない。
悔しさから唇を強く噛んでいたら口の中にじわりと鉄の味が広がっていく。
事情ははっきりしないが、魔女の口ぶりからすればアガタに逃げられたのだ。
そしてそれを腹立たしく思っていて、腹いせに子供達を殺そうとしている。
その中にいるルーシーはたまたまここにいあわせたから殺すだけなのだろう。

(怖い、死ぬのは怖い。でもこの二人だけは…!)

膝の震えが後ろの子供達に伝わってはいないだろうか。
ちらりと視線をやるとカントが目いっぱいに涙を溜めている。
勿論エムシもそうだ。
二人は小さな体で必死に恐怖に耐えているというのに、ルーシーが取り乱すわけにはいかない。

「大丈夫ですよ、カント様、エムシ様。私がお二人を助けます、絶対」

「だめだよ、ルーシー。魔女は強いんだよ。それにルーシーは侍女なんだから、
僕とカントは剣を習ってるから、僕たちがルーシーをたすけるよ!」

「エ、エムシ様!」

「にいさま、でもカント、剣わすれてきちゃったよう…」

「じゃあそこで見てろ、ばか!」

エムシはルーシーの手の守りを振り払って剣を構えて前に出る。
見た目にも分かる子供の震える姿にルーシーは慌てて引き寄せようと手を伸ばしたが
素早く動く子供には追いつけず、魔女へ斬りかかるエムシの背中へ叫び声を
投げるしかできなかった。
魔女はエムシの剣をひらりとかわすのと同時に細い足をエムシの足の前に
スッと出して転ばせる。
エムシは豪快に前のめりになって地面にダイブしたがすぐに起き上がってまた魔女へと走り出した。

「エムシ様!おやめください!」

「にーさまー!」

子供が泣く声、女が叫ぶ声、魔女の笑い声。
やがてそれらすべてが辺りを漂う炎の壁に包まれると、魔女はまず、目標を
自分の周りをちょろちょろと動き回るエムシへと定めた。


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