「カール部隊より連絡!左側からコーツァナ軍政が潜伏の模様、数は1万!」

「フレデリック部隊、ただ今右方向からのコーツァナ侵入を確認!応戦中であります!」

「前、左、右…囲んできたか…そりゃそうだよなァ」

ドゥシャンは切迫した様子でかけ込んできた連絡兵の二人の頭を眺めて、
頭をがしがしと豪快にかいた。
城下前方の部隊の指揮兼、全部隊の総指揮を務めているドゥシャンは予想通りの展開に
なんとも言えない気分になった。
全く、教科書通りに動いてくれているのである。
軍事国家のノグに対してよもやここまでわかりやすい作戦で挑んできてくれるなど、
ドゥシャンは呆れて物も言えない。
ただ単純に数を集め、取り囲めば袋の鼠だと思っている敵国コーツァナ。
元々は戦ごとなど殆ど無縁なはずの平和国家だったはずのコーツァナがよりにもよって
三大国の軍事のトップを行くノグに喧嘩をふっかけたのである。
軍事とは確かに力があるだけで脅威感じるものだがノグもコーツァナに劣らない
平和主義国家である。
軍事はあくまでその国の気質で、主に国防にのみ力を注いでいる。
稀に他国の小競り合いに力を貸すこともあるがそれも言葉通り、貸すだけ。
最終的に勝敗をつけるのか、協定を結ぶのかは他国が決めることなので
その判断が下される頃になればすでにノグはさっさと撤退をしていた。

「けが人の手当てしている街の住人の避難を急がせろ。
予定通り医療部隊は城まで後退させる」

「実は、その医療部隊の事で…」

連絡兵が少し言いにくそうに言いよどむ。
はっきりしない態度が嫌いなドゥシャンは先を促す。

「なんだ」

「医療部隊にカント姫とエムシ皇子が合流したようでして」

連絡兵は言い終えてからドゥシャンの盛大な溜息に
「ね、溜息つきたくなるでしょう?」と言いたげに頭を抱えていた。

「…ガキ共が……はあ、いい、手伝わせろ。陛下からもそう言われているしな。
幼くても腐ってても王族だ。役には立つ」

「わかりました」

急ごしらえの布テントの中はさまざまな声が飛び交っている。
テントの真ん中にテーブルがあり、その上には城周辺の大きな地図が広げられ、
あちこちには手書きで詳細が書き込まれている。
また、別の兵士が慌ただしくテントに飛び込んできたかと思うと手に持った紙切れと
地図とを交互に見合わせ、指でなぞりながら目的の場所を探して何かを殴り書いていく。
ペンを置いたかと思うと兵士はまた駆け足でテントから出て行った。
地図よりも奥に置かれた椅子にドゥシャンは腰掛けていたが
今はどんどん文字で埋め尽くされていく地図を険しい表情でじっと眺めている。
その太い指で顎をなぞるしぐさは昔から考え事をするときの癖だ。

「まだ生きているのが多いですね」

「そうだな、しかし…これほどまで散らばっているとは思っていなかったぞ。
いつのまにこしらえたんだ、先人は」

「友人のクレマンは今回のコレで浮気がバレたと嘆いていましたよ」

「う〜ん、ちと、悪い事をしたかな?」

ノグの城から城下まで、先人が残してくれた知恵。
もう役目を終えた老人達からの貴重な知恵。
それらを照合してドゥシャンは取り急ぎの地図を作らせていた。
城から城下までに沢山の『仕掛け』があると知ったのはつい2,3日前。
もう腰も曲がりきったよぼよぼの老人の一人のある言葉がきっかけだった。

『この街には隠し通路がある』

じじいのボケた戯れ言だと初めは笑っていた周囲が次第に真顔になったのは
これまた別の少年の一言である。

『おれ知ってるよ。そこの角の壁の煉瓦を押すと隠し扉みたいなのがあるんだ』

大人達が神妙な面持ちで現場に向かい、少年が言っていた角の壁のちょうど
少年の目の高さのあたりを人差し指で押す。
煉瓦はすんなり引っ込んでいき、その丁度横側がずずずと重量感のある音と共に
壁の内側に引きずり込まれ、ひとりでに横にずれて真っ黒い空間を作り上げた。
少年の話だと壁の内部は人がひとり通れるくらいの空洞になっており、
壁の上部には火をともす燭台が一定の間隔で設置されている。
もともと厚い壁造りが特徴のノグだったがこんなものが国中に張り巡らされているなんて
誰も知るよしもなかった。
話に寄ればこれらは一つに留まったものではなく、城下に無数にあるのだという。
それは通路であったり、人が隠れることができる空間であったりと、様々らしい。
ノグの城の古い文献を調べさせたところ、確かに城につづく通路はいくつかある、
が、それ以外の城下に張り巡らされた仕掛けは王家の命で作られたわけではなく、
軍事国家に住む国民のささやかな知恵によるものであった。
簡単に言ってしまえば命が欲しかった国民達が自分達で勝手に隠し通路を作って
被害から身を守っていたのである。

ドゥシャンはこれにいち早く目をつけて大急ぎで地図に情報を集めさせた。
どんな小さなものでもいいからとおふれを出したところあちらもこちらもと
先ほどからひっきりなしに出入りする兵士達の状態になったのは言うまでも無い。
何人かはドゥシャンの部下、アナスタシアの友人のクレマンのようにあまり
口外できる行いに使用していたらしく、教えるのをかなり渋っていたらしい。
こともあろうにそれらが比較的重要な場所であるが為に見て見ぬ振りも出来ずに
今回の戦とは別な戦争が勃発しているのもまた事実だった。



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