12

翌朝、真新しい服に、丈夫そうな靴、荷物を入れる鞄と
二人の武器装備品までも綺麗に新調されていた。
はああ、と溜息を吐いた二人は見事なまでにぴかぴかになって
テーブルに広げられたそれらをぐるりと見渡す。
朝食を終えてタクト達が寝ていた部屋へ戻るとすでにそれらが準備されていた。
二人がのろのろとそれらを身につけて部屋をでると、サミレフ達はすでに
廊下で二人を待っていたが、四人の出で立ちはいつもと変わらない少しよれた
服装のままだった。

「あれ?みんなは支給されなかったの?」

「俺らは断ったんだよ。ごちそうまでしてもらって服までなんて贅沢すぎる。
どうせ金に困ったら売っちまいそうだったし、そんなの失礼だろ」

ラビが肩を竦めながら言ったがサミレフだけは少し残念そうに口を尖らせている。
多分、彼はさっさと受け取ってラビが言うように売り払ってしばらくの
生活資金に充てようと思っていたのだろう。

「売ればいいのに」

「巫山戯んな、国王陛下から賜ったものをほいほい捨てられるか!」

「でも、金に困ったら売るんだろ?」

「だ、だから断ったんだよ!」

けろりと言ったキリにサミレフは声を荒げたがそれはキリに言われたわけではなく
その甘言をつい真に受けて誘惑に負けてしまいそうな自分への戒めのようにも聞こえた。
タクトが「俺なら売るな」と小さく呟いて四人がそわそわしだしたが、
キリに肘で腕を小突かれたタクトが咄嗟に嘘、冗談!と笑い飛ばして話の収束を計る。
集まった6人が建物から出るとそこには二頭の馬が旅支度を調えて待っていた。
その傍らにはユルドニオ王であるフィディとその母親であるスカラが佇んでいる。
6人に気がついたスカラはキリとタクトの前に歩み寄り、二人を馬の元へ連れていく。
開けたその場所の地面には丸く藍色のタイルが埋め込まれていて、
タイルには城の天井や床と同じように星がいくつもちりばめられている。
円形のタイルの上に二人を乗せたスカラは馬の手綱を二人に握らせ、自分はタイルの外へ
下がった。

「お前達をコーツァナ付近まで転送する」

「て、んそう…?」

「そうだ。俺だけの力だけだと正直いって少しきつい。お前の魔力も使わせて貰うぞ」

「いや、あの、待って下さい!支援して欲しいと言いましたけど
こんな事してほしかったわけじゃありません!」

「キ、キリ、何怒ってんだよ?」

さっきまで笑っていたはずのキリが急に怒り出し、サミレフ達は少しぎょっとした。
その隣に立つタクトはキリとは少し違ったがそれでもキリのように様子がおかしく、
青ざめた顔で驚いている。

「転送なんて魔術の中じゃ上位中の上位なんだよ。四大魔術師だってそんなに簡単にできる人はいない。魔女なら可能かも知れないけどあの人も転送は使わない、多分。
それくらい術者にリスクがあるから。
アガタは確かに水から水へ移動できるけれども、それは『本人』が同行しての話だ。
自分以外の人間『だけ』をよそに飛ばすなんて膨大な魔力が必要だし、体力だって使う」

「だからお前の魔力を借りると言っているだろう」

「貴方の体が保ちません!」

「そんなにいきり立つな。ちゃんと上手くやる」

今まで見せたことがないくらいにキリは肩で息をしながらフィディに食ってかかる。
いつもはもう少し遠慮しろ、礼儀をわきまえろとなだめすかすタクトも
キリの怒りももっともとフィディを睨み付けていた。

「…いや、俺がやります」

「いや、さすがのキリだって馬二頭つれてコーツァナまではムリだろ!」

「陛下の術式をちょっと借りる。それからサミレフのも借りたいんだけど」

怒りは収まりそうになかったがキリは努めて静かに、しかしきっぱりと言い切った。
兄弟と分かると途端にどこか似通う部分が見え隠れするのが不思議だったが
タクトはそれを口にせず、キリの無茶な決断に首を横に振る。
しかしキリはすでに腹をくくったらしくてきぱきと周囲に指示を出し始めた。
名指しされたサミレフはやや慌てたがその気迫におされつつも頷いて見せる。

「え。俺?勿論いいけど…」

「幸いこの城、植物が多いし。負担にならない程度に陛下の魔力も貸して下さい」

「どうする気だ?」

「風の精霊で飛びます」

(なるほど。それであれだけ早い反射速度で結界をはれたのか)

風の精霊で飛ぶと言う事はアガタが水から水へ飛ぶように、キリも風から風へ飛ぶ事を示している。
それはフィディが言う転送とは別の、魔術師にとって高度な魔術の一つだった。
以前それが出来るというのは四大魔術師に匹敵するとメルンヴァの白鷹が言っていた事がある。
転送と肩を並べられてもおかしくないその魔術を使いこなせると言うのは
すなわち、魔力、魔術ともに秀でて優れているという証明にもなる。
その魔術を使いこなすには相当の苦労を用するはずだが、アガタの手紙には
そんな事は一つも書かれていなかったはずだとフィディは記憶をたぐり寄せる。
もしかしたら、アガタが連れ去られたあとに習得したのではないかと考えれば
フィディは口だけではなく本当に弟を末恐ろしいと言わざるを得なかった。

「…飛んだあと動けなくなるぞ?」

「いいよ。仕方ない。じゃないとこの人が転送させてしまう」

タクトに念を押されたがキリはそれでも構わなかった。
国の王が倒れるよりは数百倍もマシだ。

「いやあ、あの、キリくん。もう少しこう、言い回しを柔らかくしようか…?」

「イヤだ」

あんまりに目に余るので遠巻きに成り行きを見つめていた四人の内
ナディムがおずおずと言ってみたがキリはつん、と顔を逸らしてしまった。
へそを曲げた子供じゃあるまいし、とサミレフ達は呆れたが
話の流れをくみとると国王の体調が優れないのだろうといぶかしむ。
口に出さなかったのはキリが王へ「体調が悪いのだから」と言わないからだ。
恐らく知られないようにしたいのだろうと四人は咄嗟に判断してまずはキリのご機嫌を
戻そうとしたのだがあっけなく失敗におわったようだ。
キリはサミレフに円のすぐ外に立って貰い、スカラとあとの三人には少し離れたところで
見て貰うことにした。
円の真ん中にタクト、キリが立ち、ほんのちょっぴり不安げにしている馬の首を
撫でて落ち着かせてやる。
フィディと向かい合う形で足元のタイルにそっと触れると
タイルの星がぴかぴかといくつか光った。

「術式は埋め込んでるんですか?」

「そうだ。俺の属性は地だからな、扱えるのか、お前?」

「やりますよ…」

キリは集中して慎重に術式を浮かび上がらせる。
ゆらゆらと足元から風圧がわき起こり、着ている服から髪からがふわふわとなびく。
フィディの魔法陣の術式はやはり高度だと言うだけあって調整がとても難しく、
針の穴に糸を通すほどに繊細と言っても過言ではないくらいに少しのズレも許さない。
暫く魔法陣とにらみ合っていたら額から汗が流れて地面に落ちた。
勿論魔法陣を読み解く以外にもやることはある。
サミレフとタクト、フィディ、それに周りの植物から少しずつ魔力を分けて貰わなければ今回の魔術は成功しない。
自分だけを飛ばすのならなんら問題は無いが、タクトと馬二頭となると
いつも以上に神経を使った。
同時進行で行うのがこんなにも辛いとは思わなかったが、
これをやり遂げなければ目の前で静かに自分の行いを観察している
フィディが無理矢理にでも自分を転送してしまう。
ぶっちゃけた話、フィディがキリ達を転送するのを諦めてくれれば
こんなに苦労しなくて済むのだが、その辺りは頑固と言うかなんと言うか。

(つらい、意識飛びそう、よりにもよって地と風って相性真逆だし…くそ…)

心の中で悪態ついてようやく魔法陣との接続が完了したキリは最後の仕上げと
言わんばかりに周囲の魔力を吸い取った。
風がごうごうと鳴り、辺りの草木を揺らしさらさらと何かを囁いている。
皆の視界を遮っていたが転送先の風景がうっすらと浮かんできた。
二頭の馬がこれだけの騒ぎであるのにも関わらず大人しく二人の傍から
離れなかったおかげでキリも集中することができたのだ。

魔法陣の外でみんなが何かを叫んでいるがもう風の音で殆ど聞こえない。
ただ、静かに唇を動かした兄の言葉だけが耳に響いたような気がした。

キリとタクト、そして馬二頭は転送先へと飛んだ。




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