11

手紙にはコーツァナと手を取り、ノグへ攻撃せよとただ短くそれだけが書かれている。
しっかりと押された国印には力強さが感じられて自信が表れている。
キリは最重要機密扱いであろうその手紙をユルドニオ王に返す。
どうするんですか、とか何か言おうと思ったがびっくりするほど言葉が出なかった。

行かないで下さい、ノグと戦争はいけません、コーツァナに降らないで。

言えない。
決めるのはユルドニオ王だし、キリがとやかく言える立場でもなかった。
ノグの人間ならば誰だってユルドニオがコーツァナと手を取るのを
反対するに決まっている。
けれどユルドニオ王はユルドニオの王であって、ノグの人間ではない。
どんなに犠牲者がでて可哀想と哀れんでも、所詮はその程度で最悪、
ユルドニオの民さえ護られればそれで良い。
だがユルドニオ王は手紙を受け取ってソファの背もたれに体を預け、
興味がなさそうに紙切れをひらひらと泳がせる。

「くだらない。だからコーツァナ王は愚王だと囁かれるのだ」

そう言ったと思うと王が持っていた手紙がカッと赤く光った。
息つく間もなく、手紙に浮かび上がった赤く光る魔法陣から火の玉が
ユルドニオ王目がけて勢いよく飛んでいく、が、
顔数センチと言うところで火の玉は見えない壁に阻まれて弾けて消えた。
ふわりと緩い風がユルドニオ王の頬を撫でて、キリがとっさに結界を張ったのだとわかった。
そこそこ力のあるユルドニオ王でさえ反応出来なかったのに、
キリは殆ど無意識の反射でそれをやってのけるなど思ってもみなかった。

(さすがは東の魔術師の弟子と言ったところか)

危ない目にあった張本人であるのにも関わらずユルドニオ王はゆるゆると
火の玉が出て来た手紙を裏返したりまた表に返したりを繰り返す。
ふと弟の方へ視線を移せばキリは唇を噛みしめて両手をきつく握りしめている。
表情に出ていないように見えるその感情も自分と同じ碧眼はゆらゆらと怒りに揺れて、
自分が怒りを自分の中にため込んでいる時もこんな表情をしていたのかと一つの
発見をすることができたような気がする。
そしてその弟はと言えば既に肩を落としているらしく消え入りそうな声でそっと呟く。

「すみません」

「どうして謝る」

「俺達の所為です。きっと魔女は俺がここにいるの知ってて…それで…」

「魔女が知ってるならもう少し直接的にお前を狙うだろう。コレは
俺個人への脅しだ。恐らく、俺が手紙を持っているときにコーツァナに対して
否定的な言葉を発した時に魔法が発動されるように仕込んでいたんだろう。
それにお前が結界を張ってくれたおかげで火傷しなくて済んだしな。ざまぁみろだ。
あの魔女め」

そう吐き捨てるとユルドニオ王は手紙の端をつまみ、自分が飲んでいたお茶の
カップソーサーの上で親指と人差し指をこすり合わせて火の粉を作り出す。
火の粉は吸い寄せられるように手紙にくっついた途端、めらめらと炎を上げて燃えて、
あっという間に灰になって落ちる。

「それにしても反応が早かったな」

「や、無意識だったんで…ケガがなくてよかったです…」

(無意識であの反応速度か。末恐ろしいな)

アガタの手紙ではいつもキリは強くなりましたとか、課題をクリアできましたとか
抽象的な書き方しかしてこなかったので弟の腕がどれくらい上達したのか
いまいちぴんとこなかった。
ただ、知らせを受けるときはキリが元気でさえいればそれでいいと
ユルドニオ王も思っていたので深く追求することはなかったが、
今となってはもう少し詳細に尋ねておくべきだったかも知れないと後悔をしている。

「…ただ、気になるな」

「?何がですか」

「俺もそんなに魔女について詳しいわけじゃないが、アルマンディンは
気に入らないものは徹底的に排除するタイプだ。こんな姑息な手はあまり
使わないと聞いていたが……?」

「長い間本に閉じ込められて腹立ってたんじゃないですか?」

唸るユルドニオ王にキリはそっけなく答える。
ついさっき知ったばかりだが人の兄にこんな仕打ちをするやつは姑息だろうが非道だろうが
腹が立つことには代わりない。

「面白い発想するな、お前は」

「陛下も面白いですよ」

「…お前俺の名前を知ってるか?」

「え?えーと…」

ふと思い出したように尋ねられ、キリは言いよどむ。
もともと国外の情報に疎いキリは誰がどの国の王かさえ怪しいくらいに物を知らないのだ。
そんなキリが王の名前まで覚えているわけがなかった。
しどろもどろしていると王は溜息交じりに答える。

「フィオルディリアムだ。お前と同じで少し長ったらしい。母上は面倒くさがってフィディと呼ぶ」

「はい」

「フィディ兄さんでいいぞ」

「は、はい…」









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