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「ちょっと手間は食うかもしれないけど、続ければ目だけで見られるようになるでしょ。もう夕飯の時間だし帰ろっか」
「あれ。今日父さん休みなの?」
「そーなの!だから私に秋太の先生しておいでって言ってくれたのよ〜!」
春子は本当に嬉しそうであった。
昔からそうだったが両親はかなり仲がよく、以前住んでいた土地でも近所ではかなり有名なくらいのおしどり夫婦だった。
実際にはおしどりじゃなくて狐だが。
二人は、初めてこの神社へ来たときのように並んで石段をゆっくり降りていく。
太く大きな木と木の間から夕焼けの光がこぼれてきて少し切なく感じる。
「本当はね」
「ん?」
「簡単に目だけで見られる方法があるのよ。私はあんまりして欲しくないけど」
「あるなら言えよ」
「親に向かってなんだその口の利き方!」
「すんません」
我が母親ながらいまだになんと言うか、威厳がある。
あの大きな狐が時々ちらつくのが原因なのかもともと彼女の素質のものなのか、
小さい頃から自分たち兄弟をしかるのはいつでも母親であった。
おっとりとした印象の父が怒ったりしているのを見たことは数少ない。
もっぱら春子がきゃんきゃんと騒ぎ立てていたのでごく普通の家庭だと思っていたのにとんでもない思い違いだったようだ。
「焦ったってどうにもならないんだからゆっくりやりなさい」
「うす」
「夏生今日遅いのかなー」
「さっき部活早く終わるってメール来てた」
「あんたたち仲いいわね〜」
「俺明日も練習するわ」
「熱心ね〜。勉強もそれくらいやってくれればいいのに」
「見返りがあるならがんばれるかもしれない」
「甘いのよ」
階段を降りきると開けた道路に出る。
秋太の家は夕日に向かった道をまっすぐのところにあるので帰り道は少しまぶしい。
二人の影が身長よりも伸びていたが、春子の影にはとんがった耳と、太くて大きなしっぽの影も一緒にくっついていた。
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