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鹿がすっかり拗ねてしまっていて先ほどから背中しか向けてこない。
話しかければ完全無視で近づいていけば鹿も離れていってしまう。
けれどもつかず離れずの範囲内なので完全に怒っていると言うわけではないようなのだが先ほどからこれの繰り返しである。
「なんで俺が謝ってんの…」
「浮気したからだよお、秋太が」
「おめーが抱きついてきたんだろーが!めんどくせー事しやがって!」
「でもまんざらでも無かったじゃないの」
「やめろ、気色悪い事言うなマジで」
「いいなあ、俺も仲間に入りたい」
「西崎もめんどくさい事言うな!やめろ!」
「やっぱり!俺ばっかり除け者にして!!あんなに頑張ったのに!」
「だから違うってば!お前もいい加減にしろよ!」
「あっはっはっは」
「元凶が笑ってんじゃねえ!」
「暴力はんたあい」
「秋太が危なくなったら助けるのは俺なんだからね!!」
「鹿のご機嫌は取っておいた方がいいよお。神聖な生き物だからねえ」
「だ、か、ら。お前がややこしくしてんだろーが!」
しっぽをゆらゆらさせて腹を抱えて涙目になりながら絞り出すが
結局は吹き出してまた笑い声をあげる。
狐にまんまと遊ばれている秋太はと言えば半ばげっそりしながら頭を抱えてへたり込んでいた。
ふと顔を上げるとこんなところで馬鹿騒ぎなんてあほらしいと一瞥のまなざしを向けたフクロウがなにか言いたいのかと言わんばかりに睨み付けてくるのでこれはまたこれで精神的なダメージが大きかった。
その所為なのか急に体の力が抜けていってどんどん手に力が入らなくなってきた。
やばい、と思った頃には自分の体を賽銭箱に寄りかからせる力も残っておらず、ついには前のめりに体が地面に吸い寄せられてく。
慌てた鹿と西崎が秋太の体をぎりぎりのところで抱えたがそれから秋太は話すことも出来ず、荒く、呼吸をするのがやっとのようでじっとりと冷や汗をかいて肌の色の先ほどの自分のようになっていた。
「秋太?!」
「大丈夫。西崎君。秋太を助けるのは俺だから」
「え?」
西崎の目の前が霞んだかと思うとさっきまであの目立つジャージ姿の青年が
薄くなり、だんだんと大きな角を生やした立派な男鹿がそこに立っていた。
鹿が支えていた分、重くなったがそれ以上に大きな動物が目の前に突然現れたので
それどころでは無くなっていた。
男鹿は頭をもたげさせると堅くて立派な角を秋太の頭にすりつけたと思ったらみるみる内に肌の色も赤みがさしてきて呼吸も落ち着いていく。
安堵のため息を漏らして仰向けにさせたらフクロウが西崎の肩をトントンと叩き、その場所を替われと動作で合図してきた。
男の堅い太ももよりはやはり女子の柔らかい太ももである。
「…俺らの時はそんなことしてくれなかったのにぃ」
「仕方ないよ、みのる。フクロウは秋太が」
フクロウは鹿が言い切る前にその立派な角ごと頭を押さえて地面にたたきつけた。
それでも人間の女の力など動物の前では虫が止まった程度の衝撃だったので
驚く程度だが少なくとも西崎はぎょっとした。
「余計なこと言わなくていいわよ」
「はい…」
「こわ…」
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