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「何ソレ」
「言葉の通りだよ、斉藤君」
くぐもった声で西崎が静かに頷く。
それが不気味さを増す原因でもあったが秋太は、そもそもそんな西崎の行動が気に入らなかった。
他の人と話す時はきちんと相手の目を見て話しましょうなんて幼稚園児でも知っている。
顔を見せる気配もないが、それよりもずっと気になっていていい加減にしびれを切らした秋太は西崎に近づいて詰め寄る。
「お前さ、生きてる声で喋ろよ。さっきから背中サワサワすんだよ
その『声』で喋られると。だからフクロウもビビってんだろ?」
同意を求めるように振り返るとフクロウは驚いてびくりと体を跳ね上がらせたが
すぐに首を縦に振った。
まさかフクロウが『何』に恐怖心を持っているのか、秋太が理解できているなんて思ってもみなかったからだ。
よくないものと説明はしたが西崎が発する生気のない声が怖いとまでは言っていなかった。
ほんの少し秋太を見直したフクロウが今までとは違う目で彼を見ている事に見られている秋太本人は少しも気がつかずに西崎への問いの答えを待っていた。
「…ごめん」
「悪いと思ってんならやめろよ」
「ごめん、出来ない」
「なんでだよ」
「俺の命を兄に注いでいるから」
秋太の背中が更に寒くなった。
フクロウが緊張して秋太の袖を掴み近寄ってくる。
昼間は散々馬鹿にされたようだが今は、少なくとも頼りにされているようで
ちょっぴり嬉しいと思ってしまうのは今ここでは不謹慎というものだろうか。
黙って聞いていたみのるは西崎の話に険しい表情になる。
それはいつか、どこかで聞いたような出来事だ。
最近の事ではないが多分ずっと昔にこの町にいた巫女か誰かがそうしたと耳にした事が。
やがて記憶を辿っていき低く唸る声が頭をよぎるとみのるはぽつりと復唱する。
「共命…?」
「ああ、狐は知ってるんだね」
「…俺に、わかるように、説明しろ」
「秋太、顔が怖いってぇ。共命って言うのは寿命が短かったり生気が薄い人に
命を分ける事を言うんだけど…今じゃ出来る人間も少なくなったのになあ……少なくなったと言うか、ええとー…なんて言うんだっけ、やっちゃダメって言うのは…」
「禁忌でしょ」
「フクロウがいると言葉の勉強になるねえ」
助け船を出された狐は嬉しそうに微笑むが言っている事は全然笑えない。
人の命なんてそんな簡単にホイホイ分け与えたり貰ったり出来るものじゃあ無い。
大体、話の内容の次元がさっきから違いすぎて秋太は今にも頭がパンクしそうだった。
世間話をするかのように神様だの命をわけるだのと言われても理解など出来るはずがないのだ。
「理解しがたいでしょう?」
「かなり」
「でも、事実俺の兄はそれで今生きながらえている」
「…その『死んでるような声』で話してる時は?」
理解なんて出来ないし、納得だってできていないのだからだんだんイライラしてきて
八つ当たり気味に吐き捨てる。
西崎は秋太の問いに頷く事も…返事もしなかった。
仮に西崎の言っている話が事実だとして、自分の兄を西崎が西崎の意志で自由に『生かして』いるのだとしたらそれ以外の時、彼の兄は死にかけていると言わんばかりじゃないか。
それは、西崎の気分一つで彼の兄は死にそうになったり生きながらえたりしていると言っているのと同じなのだ。
狸が西崎に寄り添い、どうだすごいお方だろうなんてふんぞり返っているが
誰一人として狸の言葉に耳を貸している者はいなかった。
「秋太、怒ってるの?」
「……なんか疲れる」
みのるが尋ねると秋太は溜息を吐く。
「幻滅した?」
「別に。でもお前と仲良くなれないってのは理解できたし、いい」
「そっか…」
「今、にーちゃん生かしてないんだな」
それから秋太は一度も西崎の方を見る事は無かった。
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