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鹿を冷たく突き放すと鹿はその場で地団駄を踏んだ。
小さな子供がすると可愛い行為もこんな成獣の牡鹿が
山の中でそれこそ少年相手に足踏みをして頭を振りかざしてもさっぱり可愛さは見えてこない。
むしろ恐ろしい。

「もーっ!なんだよ秋太俺の事嫌いなのっ!」

「俺は警戒してんだよ、察しろ獣」

「俺がなにしたーっ?!」

「のっかってきただろーがっ!!怖ぇーんだよ!でかいし!」

「まあまあ…鹿と人間が本気で言い合ってるところを見るのは面白いけど」

そろそろ鹿の鼻息も荒くなって来たところで狐が1頭と一人の間に割って入る。
秋太はハッとして辺りを見渡したが人の気配がなかったのでホっと胸をなで下ろした。
ここは山道とは言え神社へ続く道の途中で時たま参拝する地元の人たちが通る事もある。
秋太には聞こえる声も言葉も他の人には聞こえない。
それが原因で白い目で見られた事もしばしばあった。

「大丈夫。この場所は人間はあまりこないよ」

「は?だってここ参道…」

「普通の人間は踏み入れられない場所ってのが動物にはあるんだよう、秋太」

不意に背筋がぞっとして秋太は辺りをきょろきょろと見渡した。
なんの変哲もない、ただの森なのに、どういう訳か生き物がいると言う感じがしない。
同じ場所にいるのに別の空間にいるような不思議な感覚で
鹿と、みのるがいることすら不自然に感じられるほど『森』しかなかった。

「神隠し…みたいな?」

「…それは神様が隠さないとそう呼ばないだろ?それに誰も隠してない」

「ただ自由に入れないだけで…?ん?自由って言葉は適切?」

「さあ。人間の秋太に聞けば?」

目配せしてきたみのるに頷く事が出来ずに秋太はただ首を横に振った、
どういう仕組みでここにこられるか知りたいのは秋太の方なのだから。

「なんて言うのかなあ…人間の言葉は難しいよ」

「悠長だな、狐は相変わらず」

「今はみのるだってばあ」

悪い場所ではないのはわかるがそれでも気味が悪いのは確かだ。
普通の場所ではないとわかった途端に秋太は急に居心地が悪くなって来た。
もう帰れないのではないか、もしこの二人(?)とはぐれてしまったらどうしたら
いいのだろうか。
そんな事を一人頭の中でグルグル考えていたら不安で不安で仕方がない。
すると鹿が急に歩み寄ってきて、今度は秋太の肩を甘噛みしたり
首筋をすり寄せたりしてきた。
さっきの激しさとは違い、少し安心する。

「怖いんだろー秋太」

「うるっせ…」

「本当はフクロウもいれば、話も済んだんだけどねえ」

「ふく、ろう?」

「そう。可愛いよう〜?」

急にみのるの表情が妖しくなり、狐が人を化かしそうなにやりとした笑みを口元に浮かべた。



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