山を登らなくていいのは助かったが、どちらにしても山の麓までは行かなくてはないらしく、気味が悪いまま秋太はみのるの後ろをついて歩く。
時々近所のおばさんがお帰りと声をかけてくれて、その度に二人は愛想良く会釈をしながらただいまと答える。
秋太はてっきりみのるがその手の会話は無視するのかと思っていたので同時に返事をした時は少なからず驚いた。

暫く歩いて、ようやく辿り着いた山の入り口がひんやりとしていた。
昨日来た時はもう少し暖かかった気がするのだが、みのるがさっさと足を進めるので秋太は躊躇する時間も持てずにその領域へ足を踏み入れた。

(…?)

なんとなく空気が違うと思った。
それもそのはずで、さっきまで吹いていた風が止まっていたのだ。
いつもはかさかさと葉っぱが擦れる音がどこからともなくしてくるのに、今は自分が地面を踏みしめる足音しかしない。

「みの」

「あっ」

「えっ?」

どこまで行くのだろうと声をかけようとした時、みのるが声を上げたので不意に視線をずらすと急斜面になっているそこには、木々の間だから漏れる日の光を背中に浴びた大きなモノが立っていた。
立派な角を携えたその動物が一目で牡鹿だと理解できる。
ほお、と溜息を漏らしたのもつかの間、大きな鹿は細い足首で地面を蹴り、軽やかに秋太の近くまで降りたが、距離が近づけば近づくほどに大きさがよくわかる。

「でかっ…えっちょっと…!!?」

降りた勢いのまま鹿は秋太へと突進していく。
秋太は瞬時に身の危険を感じて逃げ出そうとしたが鹿はなんと更に地面を蹴って跳ね上がり、秋太の上へ飛んできた。
踏みつぶされると思い、両腕で顔を覆った瞬間に鹿は秋太の上へドスンと鈍い音を立てて着地する。
体に重みを感じなかったが地面に倒れこんだので背中が痛む。
そっと両腕を解くと、顔のすぐ横に鹿の蹄が地面にめり込んでいた。

「あっはっは、そんなに嬉しいの?」

「は?!」

「秋太だーっ!!!」

狐が笑い声を上げたのでどこが!?と反論しかけたが思いもしない所から自分の名前が飛んできて驚いた。
自分に覆い被さる鹿が湿った鼻面を秋太の顔へまるで甘えるようにすり寄せてくる。

「なに、なに!?」

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