11

フロウルは決して『人の涙』だけは精製してはならない、それは禁忌であるとされた。
その禁忌を一番初めに犯し、一番初めに禁止されたのがストラスである。
人の死体から精製される涙は手のひらほどの涙の形をしている。
そこにはその死体から吸い取った記憶や経験、情報がめいっぱいに詰まっている。
ストラスはそれを別の人に移し変えて使用した。
その目的は定かではないが。
しかし結果は移し変えられた人間の精神が崩壊し、廃人と化した。
移し変えられた涙も消えてしまい、ストラスは二人の人間をこの世から『消して』しまったのだった。

「『人の涙』のこと、知らないんですかねえ」

ストラスがポツリと呟くとカルンはため息を吐いた。
フロウルの間でも『人の涙』を精製したフロウルが誰かまでは知らされていなかった。
それがまさかストラスであるとは思いもよらなかったが今思えば
エンケラドゥスとフルフルと三人でつるんでいたのは
ストラスが二人から監視されていたのではないかとさえ思えた。
ただし、それはフルフルとエンケラドゥスがストラスのことを知っていればの話だが。

「つらかったか?」

「多分」

「?」

「それよりつらら菊を責めまくってすいませんでした。途中からあなたのサート職人だって忘れていました」

「いや、自業自得だ。仕方ない。つらら菊もこれで犯罪者だな」

泣きつかれたつらら菊が寝室へ戻り、応接室には男三人が残った。
ゴゴウはベッドでなくても寝られるとわけのわからない持論を訴え、そのままソファにごろ寝を決め込んでしまっている。
カルンとストラスはしばらく寝付けそうにないからと新しいお茶を用意してもらっていた。

「ああ、反逆罪。でもまだ何にもしてないんですから犯罪者呼ばわりはちょっと」

「許すのか?」

「許すも何も。何もしてないじゃないですか」

驚いたカルンをストラスが不思議そうに見つめながら今度は湯気の経つお茶をすすった。
おかげで大きな眼鏡が曇ってしまっている。

「風の便りがある」

「燃やせばいいんじゃないですか?多分フルフル達だって持ってないですよ。足がつきますもん」

「隠滅だぞ」

「そうですね、目を瞑るから隠滅ですねえ」

ゆっくり湯気が引いていく眼鏡の奥には優しい瞳が揺れていた。
つらら菊を突き放す気はまったくないらしく、先ほどまでの侮蔑の色がうそのようだ。

「すまない」

「なんでカルンが謝るんですか?気持ち悪いですね」

「私のサート職人がしたことだ。私もある意味共犯だ」

「…なんか気持ち悪いんでとりあえずチャラって事で」

ストラスはそう言うと身震いしながら顔を顰めていた。
そこまで拒絶されるとは思っていなかったカルンは思っていた以上にちょっぴり…
アリの額程度には傷ついた。

「これからどうする」

「一応シヴァにも説明して、僕はオウサマのお使いで今回のこと調査してるんで、
まあ…バスチェ家のところへ殴りこみに行きます。事実確認してから報告ってことになりますね」

「フルフルとエンケラドゥスの事はどうする?」

カルンが尋ねるとストラスは押し黙った。

「つらら菊もそうだったが、あの二人は未だに加担している身だぞ。どんなに
証拠隠滅を図っても…」

カルンはそれ以上先の言葉を紡ぐことはなかった。
この世に数少ないとされるフロウルのうち二人がよりにもよって国に
反逆の意思を向けているなど、同じフロウルとしては決して
容認できる出来事ではない。
ましてやずっと一緒にいたストラスにとってはフロウル以前に、
仲間として、友人として裏切られたのだから心の傷は誰よりも深いはずだ。

「まあ、それならそれで仕方ない事です」

ストラスは至極当たり前の事であるかのように軽い口調でそう言い放った


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