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「お、いいのか。あっさり認めて?」

「話の流れです。黙っててください」

ゴゴウが身を乗り出してからかう様に言うとストラスは苛立ってはいないものの、
投げやりに吐き捨てた。

「待て、俺は話しについていけない…」

「じゃああなたもちょっと黙っててくれますか?僕も話を進めて行きたいので」

気が抜けたカルンはため息混じりに頭を抱えてソファに身を預ける。
ストラスは言葉の通り話を進めたいらしくつらら菊に先を促した。
ストラスの少し乱暴な対応にうろたえたがつらら菊は小刻みに震える手をぎゅっと
握り締め、再び口を開き始めた。

「『人の涙』はご存知の通り、禁忌とされているものです。私が聞いたのは
ストラスさんが、初めて『人の涙』の精製に成功して、それを知った現王が禁忌としたと…」

「そうです。あれは作ってはいけないものです。それをどうして必要としているんですか?」

「バスチェ家はずいぶん前に追放された家柄ですが、彼らの現当主が今の王政に不満を持っていて
奮い立ったのです。わたくしがそれに賛同して…『こちら側』にいる理由は、バスチェ家が
『光香草』の栽培を推奨してくれたからです」

「『光香草』?確かブラックリストに載っている別名死の草ですよね?なぜそんなものを…」

「あれは死の草ではありません!万病の薬にもなるのです!あれがあればたくさんの人を救えるのに…使い方を間違った王族が勝手に禁止しているだけです!」

つらら菊はこれまで初めて声を荒げると目に涙を溜めて深く息を吐いた。
20年ほど前に、王族が光香草を発見し、学者に分析をさせて水に溶いて気化させ、
それを吸うと気分の高揚が得られ、一時期ものすごい勢いで流行したものだったが、
依存性が強く使用頻度が高すぎると幻覚症状を起こし、命の危険にまでさらされるため
現王政はこれを栽培または使用することを禁忌とした。
しかし正しい容量で使用すればさまざまな良薬へと転換できる代物でもあった。
特に民衆の手に届きやすい値段で作られる薬にもなるので使用範囲の緩和を訴えてきたのだがそれらはすべて却下されてしまっていたのだった。

「わたくしは、光香草があれば助かる命をいくつも見てきました。だから、」

「成るほど。人助けをしたいが為に、シヴァの故郷を焼き尽くして人を殺したわけですね。素晴らしいですね。人とは思えない感覚をお持ちで」

つらら菊はストラスに盛大にとげを刺されると驚いた表情と共に言葉を詰まらせる。
さらにストラスは続けた。

「これで、もし僕が『人の涙』の精製を拒んで自害したとしたらシヴァの故郷の人たちは無駄死にだし、
貴方が助けたがっている人たちもまあ、死んでいきますね。最高のシナリオです。考えた人は天才だなあ」

「わ、わたくしはそんなつもり」

つらら菊の体が震え、青ざめてていく。

「人殺しに加担した気分って最高でしょう?」

「違います!わたくしは知りません!そんな!シヴァの故郷が…!?」

「ストラス、言いすぎだ!」

今まで黙していたカルンがつらら菊へ助け舟を出そうと、
ストラスの肩を掴む。
つらら菊はうっと声を詰まらせながら静かに泣き始める。
ゴゴウは修羅場だなあと他人事のように眺めていたがストラスの方をちらりと盗み見ると、顔よりも大きな眼鏡をかけた青年の尋問が
まだ終わっていない風だったので事の成り行きを見守ることにした。

「その話は誰から聞いたんですか」

「え?」

「バスチェ家が王政を取り戻したいのはわかりました。誰があなたにその話を持ちかけて、事を指示してきたんですか?フルフル達と同じ人物ですか?」

「言っている意味がよく…?」

つらら菊は本当に意味がわからなくてしゃくりあげながらも首をかしげた。
ぼろぼろとこぼれる涙を袖でふき取りながら相変わらず何を考えているのか
わからない男をじっと見つめてみる。
ストラスはつらら菊から、まだ何かを探ろうとしている風があった。

「バスチェ家って確かに追放された家柄ですが決して小さいわけではありません。むしろ現王家にも多大に影響力があった家柄です。
それがですよ、現王家にあっさり追放されてしまったなんておかしいと思いませんか?『追放されるほどの何』を持っていたんです?
これとは別にまだわかってないことがあるんです。イフナースとの繋がりと、牢屋にいた男です。
つらら菊、何か知っていたり聞いていたりしていませんか?」

「ごめんなさい、そのイフナース?と言う方も牢屋に誰かが入れられていたって言う話もわかりませんわ」

「それでは貴方は誰に指示を?」

「サビナと言う女性です。彼女はバスチェ家の護衛を勤めていたって…」

「護衛を務めているとなると、バイガル家…大きいとこだとそこですね」

「お前がバイガル家を知っていたとは意外だな」

「お勉強したんです」

嫌味たっぷりにカルンに返すとゴゴウがぼそりと呟く。

「規模がでかいな?」

「そうですよ。思ったよりも頭が痛い。だから現王は僕たちに調査を依頼したんですね。あのクソ野朗どもはどこまで掴んでるんだか…
どうせなら持ってる情報くらい寄越してくれればいいのに…」

頭をガシガシとかきながら、ため息混じりに言うストラスには本当に頭痛がしてきたように思えた。
いくらフロウル達にも関連した出来事だとは言え、調査をフロウルだけに任せて、竜騎士たちはお留守番だなんてそもそもありえない。
その証拠に竜騎士たちからの応援がいまだにひとつも来ていないのだから。

「王に向かってなんていう口の利き方を…」

「クソじゃないですか。もしかしたらシヴァの故郷が襲撃されるかもしれないのも事前に知っていたかもしれないんですよ?」

カルンに諌められたが考えたら腹が立ってきました、
とストラスはようやく冷めたお茶とお茶菓子に手を伸ばす。
まぐまぐとほお張りながらぷんぷん怒っているのを観察しているとただの子供のようだった。

「あれからもう4時間経ってるのにつらら菊のところになんの連絡も、襲撃もないのを見ると
こっちの出方を伺ってるな」

「つらら菊、これで貴方は切り捨てられたと見ますけど。貴方がこれからあちら側に僕たちの現状を伝えても僕は別になんとも思いません」

少女はまだうっすら涙に濡れて、湿っているまつげを伏せ、首を小さく横に振る。

「いいえ、しません。それに…人殺しに加担した気分は最低でした。ストラスさん」

つらら菊はきっぱりとした口調でそう言った。


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