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「だから、俺はたまたまそこに居合わせただけで…お、お帰り。あの子寝た……
なんでお前の目が真っ赤なんだよ?」
「…泣いたからです」
ゴゴウたちが待つ部屋へ戻るなり、ぶすりとした顔で答えたストラスは、
こちらはこちらで白熱している風を感じて首を傾げた。
ゴゴウとトークファイトを決めている相手がカルンだったからである。
「何けんかしてるんです?」
「そっちこそなんで機嫌悪いんだよ?」
「キスしようとしたらお断りされまして」
ゴゴウに質問返しをされるとストラスはほんのちょっぴり間をおいて、
言いにくそうに答えた。
「お前は馬鹿なのか?」
「いけるかなと思ったんですよ。弱ってたし、まあかわいいのは最初からですけど、
僕もちょっと弱みを見せたのでシヴァの方もアレは母性が勝ってたと思うんですよね。
それで勢いでいける」
「いけるわけがないだろうが!本当の馬鹿だな!」
「ストラスさんの性癖は、その…」
つらら菊は鳥肌が立っているのか自分の腕をさするしぐさをしている。
真顔で当時の状況を冷静に分析した結果を報告してくるストラスに
明らかな嫌悪感を抱いていた。
それは同時にカルンもであって、カルンはこの二人を二人きりにするべきではなかった
と今頃になって後悔した。
「まー残念だったな。女ってのは時々そう言うのには過敏に反応する生き物だし、
次がんばればいいだろ」
「そうですね!」
「そうですね!じゃない!よくない!」
「人の恋路を邪魔するんじゃねーよクソ真面目クン。そんなの人それぞれだろ?」
「こいつの場合は犯罪になるからよくないんだ!」
「何が犯罪だ。ならこいつのやってることは反逆罪だぞ」
ゴゴウがけだるそうに指差した先にはつらら菊がいた。
話の矛先が自分へ向けられるとわかるとつらら菊は
居心地悪そうに体をもぞもぞと動かしていた。
「ああ、そうだ、話の途中」
ストラスが本当に思い出したように呟くとゴゴウはあらかたの説明をお互いに済ませたと
教えてくれた。
これでようやく先に進めるとストラスはつらら菊の前にあるソファへ腰を下ろす。
「いつから計画していたんですか?手際がよすぎるので、結託していますよね?」
「風の便りで、貴方たちが来る前日にエンケラドゥスさんから聞きました。
元々、あの二人がこちら側であるのは知っていましたから、いつか二人とは接触する日がくるだろうとは思っていました。」
「野宿の時にエンケラドゥスが何度か食料調達を買って出ていたのはこのためですね」
野宿になると、フルフルがエンケラドゥスに食料調達や身回りを任せて
寝床の準備を仕切っていたのは
獣人のフロウルに連絡役をさせていたからだったようだ。
エンケラドゥスであれば、森の中を探索していて危険があったとしても
一人で対応できるからとストラスたちもさほど疑問は抱かない。
それを見越して二人はその役割を買って出ていたのである。
「ストラスさんは勘のよい方なので十分に注意しろとありました」
「褒めていただいて光栄です。それで、僕とシヴァを檻にブチ込んだ目的は」
「シヴァさんは…ほんのおまけでした。本当の目的は貴方に、『人の涙』を作らせるためです」
ストラスは微動だにしなかったが、カルンは過剰に動揺していた。
それはフロウルであればごく当たり前の反応であって、ストラスが異様に落ち着きすぎている。
「『人の涙』だと…そんなもの!どうするつもりだ!大体そんなもの、簡単に作り出せるわけが…!」
カルンは突拍子もない話の内容に怒りが頂点に達し、勢いあまってテーブルをたたきつける。
「使用の目的はバスチェ家の王政の復興のため。ストラスさんはそれに使用する『人の涙』精製の重要人物です」
「待て、ストラス。お前、まさか…作り出せるのか?」
カルンは侮蔑と怒りと軽蔑ととにかくすべての否定の感情を持ってストラスに尋ねた。
ストラスはつらら菊を見つめたまま、世間話に返事をするかのようにまあ、そうですねと短く答えた。
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