帽子の男に声をかけられたストラスは目を丸くして鉄格子を握る手の力を抜く。
帽子の男が床を軽く蹴るとシヴァの首を絞めている男の頭に回し蹴りを喰らわせ、
意表を突かれた他の二人の顔面と、腹部に強烈な拳をお見舞いすると
男たちはあっさり床に倒れ込んで気絶した。
首の圧迫から解放されたシヴァは涙目になりながら大きく咳込み、よろめきながらもストラスがいる檻の方へ駆け寄った。
帽子の男が倒れている男の腰から檻の鍵を奪い、ストラスの手首の腕輪も丁寧に外して檻から出してやる。
もそもそと出てきたストラスの胸元へ勢いよく飛び込んだシヴァは
自分が殺されてしまうかもしれない恐怖と、ストラスと無理やり引き離された恐怖と、
ストラスに見捨てられた絶望の感情が入り混じって
頭の中が混乱しきっていたが、ストラスに抱きつくと不安も怖さも一瞬で吹っ飛んでしまった。

帽子の男はストラスの頭をスコンと叩くと、呆れたようにため息を吐いた。

「こんなに悔しい癖に、何を意固地になって守ろうとしてんだ、馬鹿」

男はストラスの手首を乱暴に掴み、鉄格子を握り締めすぎて、指にしっかりとうっ血の後がついており、その手のひらをわざと見せつける。
確かに手は痛んだがストラスにとってはそんな痛みよりももっと辛いことがあった。

「だって、僕には守るものがこれしかな」

「この子だって守るものだろーが!ストラスなんてものはあってもなくてもいいんだよ!
でもこの子は違うんだろ!優先順位を間違えんなボケ!」

言い切る前にたたみかけられたストラスはその時初めて気が付いたと言うような表情で
呆然とした。
それから自分にしがみついて震えている少女を見下ろしてそっと頭をなでる。

「シヴァ、すいません。怖い思いさせて…」

「こ、こわすぎ!!」

「すいません」


短く繰り返したストラスはシヴァを抱きしめたまま床に倒れている男たちを見渡す。
帽子の男が的確に気絶させてくれたおかげでしばらくは目を覚ます気配はない。

「その、特に右のやつはそのままにしておいてくれてもよかったんですけど」

「お?ストラスが珍しく殺気立ってんな?まあ、こんな奴らのためにそれ以上手を傷める必要ないだろ?
それにたぶん『そっち』の方が大事だろうし?」

飄々とした口調で肩を竦ませるとストラスに喧嘩を吹っかけた男たちをストラスと同じように見渡した男は口元にしっかりと笑みを浮かべている。
よくわからない言い方でストラスに説教をたれているこの不審な男に警戒心を抱きつつ
シヴァはストラスから離れないままたずねた。

「ねえこの人だれ?ストラス」

「あ、えーと、んと」

「俺はストラスの友達でゴゴウ。よろしくな。アルバイトのために
ここの運搬作業の手伝いに来たんだけど、まさか友達の運搬を
頼まれるとは思ってなくてびっくりしてさあ。
助けるためとは言えちょっとばかし怖い思いさせたな。ごめんな?」

ゴゴウと名乗った男は目深にかぶっていた帽子をとると人の良い笑みを浮かべた。
帽子の中に髪を収めていたらしく、襟足にはストラスと同じくらいの長さの三つ編みが垂れている。
自信たっぷりな顔立ちで、カルンとは別の意味で目鼻立ちの整った容姿をしていた。


「ともだち?」

フルフル達に騙された矢先に現れたからかシヴァは丁寧に説明されてもどこか不安そうに
ストラスを見上げている。
ストラスはぎこちなくではあったがうなずいてみせた。

「とても、いい人で僕の恩人です。あ、今はシヴァにとっても恩人ですね」

励ましのつもりだったのだろうか、ストラスは不器用に笑って見せた。
しがみついた体越しにストラスが緊張していないのがわかったせいもあるが、
シヴァはようやく小さく息を吐いて体の緊張を解く。
かなりきつくストラスの服を握りしめていたようで掌が痛かった。

「さて、こんなとこにずっといてもしかたねーし、どっかに移動しようぜ」

「それならつらら菊のところへ戻りましょう。聞きたいこともありますし」

「情報整理ってやつだな。大事だよな。俺もなんか腹減ってきたし、久しぶりに緊張して疲れたわ…休みてぇ」

「あなたでも緊張することあるんですか?」

「何気に失礼をぶっこんでくるのヤメロ」


「僕だって緊張しまくって安心したんですよ。軽口くらい許してください」

二人はゴゴウの案内で裏通路を通り、会場を出た。
一応、ストラス達の搬送時間は2時間ほどとられていたらしく
最低でもあと1時間は脱走したことはバレないだろうと教えてくれた。
ただし、裏切ったフルフルとエンケラドゥスにはストラス達がつらら菊のところへ戻る
可能性を知られているので
早急につらら菊から話を聞く必要があるとストラスは言った。

「つ、つらら菊も?」

「まあ多分98%くらいはフルフル達と共謀してると思います。ただ
それ以上のことを聞けるかどうかは別ですけど。
それに、だからカルンを留守番させたんじゃないですかね?」

「カルンを?どうして?」

「スォールの麓のカルンだろ?クソ真面目だからこう言う作戦には向いてないだろうし、
同行させてれば絶対に抵抗してくる。クソ真面目だから。それに腕も立つし。まああとは
私情でも入ってるんじゃねえの?」

まだ不安だったシヴァが遠慮して一度は離そうとした手を、ストラスは
しっかりと握り返してくれた。
今、シヴァと同じ歩調で走っているわけだがゴルゾーニュに来るまでは
散々足が痛いとごねていた癖に、本当はちゃんと走れるのを隠していたらしい。
大人の癖にズルをしていたのだと分かってシヴァはちょっとがっかりしたが
それがストラスだった。

「しかし、早くこの街から出てぇ〜」

「貴方も同じ認識でいてくれてうれしいです」

「つらら菊の家はごてごてしてるけど、街並みはきれいだと思うよ?」

「女と子供はキラキラしたもん好きだもんなあ…」

外はすっかり夜なのに人工照明のあかりで足元の石畳のひびまでしっかりと見えている。
もちろん辺りが輝いて見えているのは照明のせいだけではなく、街に施されている
装飾のせいでもあった。
そして、彼らの目的地であるつらら菊の自宅はやっぱりどこの角度からどう見ても
お腹いっぱいとうっかり呟いてしまう位に必要以上に飾り付けられていたのだった。


[ 40/50 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -