シヴァはずっとストラスにしがみついていた。
ストラスは大きな眼鏡越しに顧客席とステージを見つめたままで
シヴァの方は向かなかったが、震えるシヴァの肩をずっとやさしく撫でている。
会場は一気に盛り上がっていたが、シヴァとストラスに買い手がついたのはものの数分だった。
挙手した複数の顧客はステージ横でくじを引き、
最終的に二人の男が例のごとく交渉権を得たようだ。
顧客の男達と会場のスタッフと思われる男が何かやり取りをすると、
二人は丁寧な対応で別室へと案内されていった。
それまでステージでこうこうとライトを浴びていたストラスとシヴァは檻に入れられたままの
状態で関係者用通路へ運ばれていく。
ストラスが試しに運んでいるスタッフの男に声をかけたが、
スタッフの男は無言を貫いており結局むなしい独り言となってしまった。

「さっきの買い手の男、見た事はありますか?」

「ううん」

「そうですか」

シヴァが首を振るとストラスは残念そうな様子でもなく実にあっさりと納得した。

「ねえストラス私たちどうなっちゃうの?」

「どうなるんでしょうねえ。買い手のあの顧客に聞くしかないですね」

ストラスは時々ものすごく淡泊に発言する。
この緊迫しているはずの事態でもそれは相変わらずで、ただでさえ
怖いと感じているシヴァの不安は一層掻き立てられたが
言葉とは裏腹に赤子をあやすように背中を撫でてくれたり、頭を撫でてくれたりするので
腹を立てるに立てられなかった。
故郷を焼かれ、一人で山を下りてきたシヴァにとって隣にだれかがいるのはとても心強かったのだ。
商品である二人が入った檻はがたごとと音を立てながら会場から2〜3部屋離れたところへ運ばれた。
部屋には扉はなく倉庫のようだったが部屋の隅々にロープや工具が
ぽつぽつと置かれているだけであってあまり使われている印象がない。
檻を運び終えた男は事務的に作業を終えると部屋から出て行った。
こうやって毎日商品の運搬を生業としているのだろう。

「静かですね」

「うん」

シヴァが頷いたのも束の間、あたりが急に騒がしくなった。
会場のスタッフとは到底思えない風貌の男達がぞろぞろと現れたからだった。
男たちは傭兵のような恰好をしていて体もがっちりしている。
その上声も大きく笑い声はかなり耳に触った。
はっきり言って品がないのである。

「…うるさいですね」

「うん」

「はー、これがフロウルのストラスとドラゴン遣いか?
野郎の方はいいが、こいつまだガキじゃねぇか。本当にドラゴンを
操れるのか?」

男の一人が檻の中のシヴァをまじまじと覗き込む。
なんだか感じが悪かったのでシヴァは顔をしかめてストラスの体を盾にするように
身を寄せた。

「いっちょ前に睨んでんじゃねえか。フロウルの方は傷はつけるなって言われてるけど
こっちはいいんだろ?」

「遊んでいいから俺たちをここに配属したらしいしな?どーれ、お嬢ちゃん。
俺たちとちょっと遊ぼうぜ」

「困ります」

「あ?うるせぇな。テメェは黙って見てろ」

檻の鍵を開けようとしていた男にストラスが言うと男はぎろりとストラスを睨み返して
低い声で言った。

「困りますと言いました。この子に何かするのなら承知しません」

「承知しないとどうすんだフロウル野郎?お前フロウルで一番弱いんだろ?
たかだか採掘者が俺たち傭兵に敵うと思ってんのかよ?」

男の言う通その体格差は歴然で、いくつもの修羅場をくぐってきたような傭兵の
男はストラスの倍ほどの筋肉を身にまとっていた。
ストラスとは違った意味でぼさぼさの髪は不揃いに切られていていかにも野性味を感じる。
男の後ろで同じような体つきで機嫌の悪そうな男二人とこの三人よりは体のラインが薄い、帽子を目深にかぶった男に囲まれているがストラスはひるまない。

「なあ、ものすごく抵抗されたって事にして痛めつけたらいいんじゃねえか?」

「それも困ります」

「はあ!?」

今の状況がわかってんのか!と怒鳴り散らされたストラスはやはり淡々としている。
それが男たちを煽っているのにストラスはいつものように大きな眼鏡を指で押し上げた。

「僕はストラスを守らなきゃいけない」

「何言って…!」

「まあ、こう言うのはどうだ」

いよいよ殴りかかりそうな男を諌めたのは仲間の男だった。
檻の鍵を開けて入って来たと思うと一人はストラスを力任せに檻の床に押し付け、
もう一人は嫌がるシヴァをストラスから引きはがし、引きずるように檻の外へ連れ出した。
もがくストラスを押しのけて押さえつけていた男はストラスの右手首に鉄でできた腕輪を
はめて檻の外へでると、腕輪に繋がっている鎖を思い切りひっぱる。
ひかれた勢いでストラスが頭を檻の鉄格子にぶつけたので仲間に手荒にするなと声をかけられていた。
檻の中は男を睨みつけているストラス一人ぼっちとなった。

「このまま腕を折られたくなきゃ黙ってみてるんだな」

「なに言ってるんですか。こんなありがちのパターンで…悪者のセオリー通りすぎて
ちょっと芸がないんじゃないですか」

「ちょっとは今の立場をわきまえろクソ野郎が!」

いよいよブチ切れたぼさぼさ髪の男が乱暴にシヴァを壁に押し当てシヴァの細い首を絞める。
それからゆっくりとシヴァの服へ手を伸ばしながらちらちらとストラスの様子を
面白がるように伺う。
表情一つ変えないストラスは苦しそうに顔をゆがめるシヴァに
すみません、と一言だけ呟いたが、檻の鉄格子を手が白くなるまで握りしめていた。


「なあ、ストラスなんて、そこまでして守るものじゃないんだぞ?」

帽子を目深にかぶった男がストラスにそう言った。


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