闇市の会場は広くもなく、また狭くもなく集まった顧客も
ぴったり座席に収まる数だった。
言葉のイメージからほの暗い場所を想像していたのだがライトが
きらきらと照らし出されていて、会場の隅から隅までしっかりと見て取ることができる。
客層も、お金持ちの風貌の男女がいたり、ぞうきんを纏っているのではないかと
疑いたくなる恰好の人もいる。
シヴァのほかに子供も居て、その子らは親のそばでキャラキャラと笑い声をあげていた。
ステージを客席でぐるりと円を描くように囲まれた場内をステージを中心として、十字に
4分割するように通路が設けられている。
北側が主催者や商品が運ばれてくる専用になっているようだ。
その証拠に、顧客はその他の3つの通路から出たり入ったりを繰り返していた。
つらら菊の家や外の街並みに比べればいくらか『質素』な作りである天井には
シャンデリアがつりさげられているのみで、あとはむき出しの骨組みがあるだけだった。

「あ〜。もうすぐか…」

フルフルがぽつりとそう漏らす。
つらら菊は『招待』を受けている顧客であったため、座席はステージから最前列の位置にあった。
おかげで借りたつらら菊の招待状を使ったストラス達は間近で商品を見ることができたが、
あまりの近さに少し気持ちが落ち着かないでいた。

「しかし面白い仕組みですね。オークション形式じゃないなんて」

「商品を紹介して、複数人の希望があればくじで人数を絞って、最終的に二組なった
ところで両人と、商品提供者と三者で交渉させて購入者を決めるんだな?」

「面倒くさいシステムね?」

大人三人が頭上でそんな会話をしていたがシヴァは緊張しっぱなしであった。
故郷のドラゴンがどんな姿でそこへ現れるかわからなかったし、
そもそも故郷のドラゴンかどうかもわからない。
けれど、つらら菊が言うには、やはりドラゴンは貴重だし滅多に出回らないので
可能性があるとすればシヴァの故郷のスォール山脈のドラゴンたちなのだそうだ。
表情の硬いシヴァを横目にストラスはつらら菊から借りた商品のリストへ視線を落とした。
それから会場をまたぐるりと見渡して周囲にはわからない程度に眉根をそっと寄せた。

『それでは次の商品紹介に移りたいと思います』

ステージには大きな檻が荷台に乗せられて運び込まれた。
けれども檻の中はからっぽで顧客はもちろん、ストラス達も首を傾げる。
商品リストにも目玉商品としか書いておらず、ドラゴンよりももっと価値のある
ものが他に存在するなんて考えられなかった。

「ごめんね、シヴァ」

「え?」

フルフルの声が耳元でしたのと、ステージの檻の扉が開く音がしたのがちょうど
同じタイミングで、シヴァは自分が背中を勢いよく押されたのに気が付くまで
いくらか時間がかかった。
檻の扉が開いた時と同じ音を立てた檻の扉は再び閉まったが、
不思議な事に目の前の景色が一転している。
シヴァは檻の中に入れられており、顧客たち目前にさらされていたのだった。

『本日の目玉商品はこちら、ドラゴン遣いの少女と、あの、フロウルのストラス氏です!』

「ちょっと、頭が、追い付かないですね…」

ハッとしたシヴァは隣で同じように現状を理解できていない風のストラスを見た。
ストラスは大きな眼鏡をちょうどいい位置にズラして、フルフルとエンケラドゥスが
いたであろう座席を眺めている。
けれどそこには誰も座ってはおらず、四人分の空席があるばかりで会場は司会者の言葉に
大いに盛り上がっていた。

「怪我はありませんか、シヴァ?」

「うん、ねえ、ストラスこれ、どう言う事?」

「まあ、簡単に言えばもしかしたら僕たち裏切られましたね」

シヴァはできるなら聞きたくなかったセリフをあっさり言ってのけたストラスに
ほんの少しだけ恨めし気な視線を向けたが、
ストラスはシヴァの肩を抱き寄せて会場や辺りを警戒して見渡していた。
あまり真剣な眼差しをするストラスを見た事がなかったシヴァはようやく自分が
騙されたのだと理解して悲しくなった。

「シヴァ。なるべくならシヴァの事守ります。けれど、僕はストラスを守らなきゃいけないんです。もしかしたら、シヴァに怖い思いをさせるかもしれません」

「え?」

今でも十分怖いのに、これ以上に怖いことがあるだなんて
想像もできなかったがストラスの言葉がうまく理解できなかった上、
加速する会場の熱気と自分たち『商品』に買い手が何人も名乗りを上げる
状況をただ息を飲んで見守るしかなかった。


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