ちょうどシヴァの目線のあたりにキラキラと揺らぐ装飾品が店の軒先に暖簾のように
並んでいる。
そのきらめきに惹かれてつい手を伸ばして触れてみても誰も咎めたりせず、
それらを眺める事こそが真の目的だと言わんばかりに、誇らしげな表情を浮かべる
店主たちがとても丁寧でしとやかに声を掛けてくる。
夜道を照らすランプは紙で出来ていて、色とりどりのそれらは時々風に揺れていた。
どこを通っても優雅な音楽が流れているし、文字通り目移りしていると
前をちゃんと見て歩いていないシヴァをエンケラドゥスが窘めた。

「シヴァ、ちゃんと前を見て歩かないと、転ぶぞ」

「ご、ごめんなさいエンケラドゥス。あんまりきれいで…」

「お腹いっぱいになる」

「ほんとですねえ」

自分の頭の上にある大人たちの顔を見上げて言ったシヴァの嬉々とした
表情とは裏腹に、うんざりだと言いたげなストラスとフルフルとカルンは
ため息交じりにあたりを眺めていた。
自分との温度差を感じたシヴァはしょんぼりして口をつぐんだが
エンケラドゥスだけは華やかだな、と短く言ってシヴァの頭を撫でた。

ゴルゾーニュの首都、ピセッツィにたどり着いてからは森のような整備されていない
道ではなく、規則正しく敷き詰められた石畳の道が四方へ広がっている。
道の行く先は生活雑貨を扱う店が並ぶ商店であったり、
人々が一息つくための憩いの場であったりとさまざまである。
カルンはそれらの道を左や右に曲がり、決してどの店にも遠慮がないほどの
きらびやかな建物の前で足を止めた。
そして一度深呼吸をして後ろをついてきたストラス達の方へ向き直った。

「…ここがつらら菊の家だ」

「おなかいっぱい〜」

「お腹いっぱいのレベルじゃあ無くないですか?ピンクですよ!?」

「ストラスのサートもピンクだよ?」

「ぼ、ぼくはサートだけがピンクなんです!ここは違うでしょう!?」

大きな窓が6つ等間隔に並ぶ建物の外塀はピンク一色に染まっていて、
ドアは真っ白であるが細かい植物の彫刻が施されている。
ドアの取っ手とノッカーは重厚感のある金色で、ピンクの壁には
ところどころに宝石のような結晶が埋め込まれており、
なんだかちぐはぐなのだが不思議としっくり感じてしまう。
ノックをする前に扉が開き、現れた少女を見て、ストラス達はさらにそう感じた。

「まあ、よくいらっしゃいました。お久しぶりですわね、カルン」

「…ああ」

「家の外から声がしたので…フフ、お友達ですの?」

「あ〜、まあ、」

「あら?あら?おかしいですわね?あなたからカルンのサートの気配が
いたしますわ?」

歯切れの悪い返事をしていると少女は首を傾げながらシヴァへと近づいて行く。
シヴァよりもほんの少し身長が高いので覗き込むようにシヴァの体をあちこち
観察している。
長い睫をぱしぱしと動かし、ふんわりとした手入れの行き届いた綺麗な薄茶色の髪を
揺らした少女は人差し指を顎に当てて、うーん?とかわいらしい声で唸った。
カルンと同じように高価そうな布を幾重にも体に巻きつけており、
動きにくそうに見えるのに少女はそれを苦ともしていないらしく、
しっかりとした足取りで動き回っていた。

「カルンが『涙』を渡すなんて、天変地異がひっくり返りますわ」

「そんな事よりつらら菊に聞きたいことがあって尋ねてきた」

「まあ。こんなところではなんですし、中へいらして。長旅でお疲れでしょう?
お茶を用意しますわ」

つらら菊はそう言ってドアを開き、ストラス達を中へ入るように促した。
王都の城よりは広さは無いが、開けた玄関の天井は高く、きらきらと揺れる結晶の
照明が釣り下がっていた。
天井には規則正しい模様がびっしり書き込まれていて壁にまで至っている。
ゆったりとしたカーブを描いた階段の手すりの彫刻には外壁と同じく色とりどりの結晶が
埋まっていた。
階段には落ち着いた茶色の絨毯が敷かれていてその先がどうやらつらら菊の
居住スペースらしい。
玄関を開けてすぐ目の前にあるうすピンクの扉があるものの、
そこには目もくれずにつらら菊は一行を2階へと案内した。

「こちらです。狭いところですけれど」

「お……」

ストラスの横でぼそりととシヴァが呟く。

「なんですかシヴァ?」

「おなかいっぱい…」

さっきまでは街並みの華やかさに頬を紅潮させていたシヴァが
傍目から見てもげんなりした表情で低く呟いたので
大人たちは同意の為にただ頷くしかできなかった。
つらら菊は広い家の中を進み客間へと案内してくれた。
客間もやっぱり豪華で豪華が集中しすぎてストラス達はとても居心地が悪かった。
部屋のソファへ腰を落ち着けてみたがリラックスするためのソファも、
手すりにはゴテゴテとした彫刻と結晶が埋め込まれていて、
背もたれに背をつけることすら億劫になった。
真っ白な石でできたテーブルの上には植物の絵があしらわれたティーカップが
並べられ、真ん中にみんなでつまめるようにと焼き菓子が置かれた。
エンケラドゥスだけは体が大きいのと、もともと床に座る方が良いと
いう事でトレイに同じようにカップとお菓子が並べられていた。

「それで、わたくしにお聞きしたい事とは?」

「闇市の便りが来ていないか?出品されるリストなんかがあれば見せてほしいんだが」

そう切り出したカルンをつらら菊は目をまんまるくして見つめた。

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