ストラスは一度は大きくした槌をまた手のひらサイズに戻すと右足のホルダーへ
手馴れた手つきで仕舞い込み、牢から出たときのように大きくひとつ伸びをした。
処刑場から刑期を終えてこれからは全うな人生を負うと決めた人間が必ずする行動
だったので処刑場の前を往来する人々はストラスのことをハレモノでもみるかのような
目つきでじろじろと様子を伺っていた。
そんな視線は些細なことと、ストラスは気にする様子はなく、数時間留守にした
我が家を目指した。
ストラスの家は高級住宅が多く立ち並ぶ地区で、金持ちや貴族、
王族関係者が多く住む場所だ。
それ故、警備も隅々まで行き届いていて治安も他の地区よりはかなり良い。
それなのにも関わらず、家のドアを開けた瞬間、服のフードを掴まれ、
自宅に吸い込まれるように引きずられたかと思うとまるでゴミでも扱うかのように
乱暴に床に押し付けられた。
物音が外に漏れないように先に玄関のドアを閉めてからだったので
ストラス家の異変に気づいたものはいないだろう。
床とコンニチハをしているズレた眼鏡ごしに目の前の足からずっと上へ視線を移すと
ストラスを見下ろす男がいた。

「よーう、ストラスさん。初めまして」

「…どちら様でしたっけ?」

物忘れが激しい方ではないが自分を知っている風の男へストラスは
丁寧にたずねる。

「初対面だ。まあ俺はお前をよく知ってるけどな」

「そうでしたか。それでご用件は」

「『ドラゴンの涙』を寄越せ」

「500万ミールになります」

「俺は売ってくれって言ったんじゃないぜストラスさん。『寄越せ』って言ったんだ」

男はストラスが使い慣れたソファへ行儀悪く足を開いて座りながら笑い飛ばす。
つまり自分は強盗ですと名乗ったのだった。
座っている男の周りにも数名、仲間らしき屈強な体つきの男たちが立っている。
ストラスを押さえつけている2名の男たちも同様におそらく部下とか手下とかその類だろう。
そのうちの一人がストラスの槌が入ったポケットへ手を伸ばした。

「頭、これですよ。採掘者(フロウル)の槌(サート)」

「アーっ、それはだめです、返してください!」

それまでおとなしく床と仲良くしていたストラスが急に暴れだしたのを見て頭の男は
にやりといやらしい笑みを浮かべた。
そして手下の男から槌(サート)を受け取り、ストラスに見せ付けるように弄ぶ。

「大事な商売道具は盗られちゃ困るってか?ならおとなしくドラゴンの涙を渡しな」

「ないです。採ってないんで」

「じゃあ採ってきてくれよ」

「いやです」

「ドラゴンの死体がほしいならいくらでも作ってやるぜ、ストラスさん?」

「だからいやなんです。結構ですから他を当たってください」

「ははは!そりゃあ他の採掘者(フロウル)を襲えって意味か!薄情なやつだな!」

「薄情なんかじゃありません。他のフロウルは僕よりもずっと強いのであなた達ごときは返り討ちにしてしまいますから。なんの心配もなくドラゴンの涙、
盗りにいっていいですよ?」

盗賊の頭の表情も変わったが、ストラスを押さえつけている男たちの空気も変わった。
さてこれからの痛みに耐えられるだろうか、果たして生かしてもらえるのだろうかと
他人事のように思案している時だった。
けたたましい獣の吼える声が辺りに響き、手下の男たちがきっちり閉めたはずの玄関の扉が部屋の内側に文字通り吹っ飛んできた。
何事かとうろたえる盗賊たちは玄関に近い方から順に、今まで出したことのないような
情けない悲鳴を次々に上げていく。

「ひ、ひぃいいい!た、助けてくれ…!」

そのうちの一人がそう懇願したのも虚しく二、三人が玄関のドアのように軽く宙を舞って
鈍い音と共に床に落下する。
まだ姿の見えない得体のしれない何かがゆっくりと近づいてくるのがわかるが
誰一人として、それを確かめに行こうとはせず、何かが姿を見せるのをただ待っていただけだった。

「ストラス、無事か」

ぬうっと現れた獅子の姿をした人物を見て目を丸くしたのは盗賊たちだ。
確かに人ではないものが来たとは感じていたがまさか獣人が現れるとは夢にも思っていなかったからだ。
盗賊たちとは裏腹に嬉しそうに表情を明るくしたのはストラスである。
さっきまでじたばたと暴れていたのがはじめの時の様にすっかり大人しくなっていた。

「あああ〜助かりました!エンケラドゥス!この人たち乱暴で……ってあなたも乱暴でしたね」

「すまん。緊急だと思って」

「な、なんだおまえ!?」

「俺はエンケラドゥス。フロウルの一人だ」

盗賊の頭が震える声を必死に抑えていたが低く唸るエンケラドゥスに怯えているのは
明白だった。
そしてそんな獣人の後ろからひょっこりと顔をだした女性もエンケラドゥスに倣って
丁寧に自己紹介したかと思うと自分のサートを取り出して威圧的な雰囲気を
漂わせてそれを振るった。

「そして私は、フルフルよ。よろしくね、馬鹿な盗賊さん達。そしてさようなら」



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