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さて、とデボラは思案した。
その対象は目の前の牢にぶち込まれている男であったが、
男の主張はこうだ。

「僕は無実です」

悲しいことに、デボラはこの無実を主張する男とは面識があり、なおかつ
それなりの交流を持っていた。
男は役人に捕まり、その罪状を聞かされて無実だと主張したあと、
男の言葉が聞き入れてもらえないと見ると捕まえた役人に
デボラをつれて来いと騒ぎ立てたのだった。
デボラはと言えば、男がどうして捕まったのかと部下に問い合わせると。

「僕は女の子に変なことはしてないです。まだ」

「『まだ』ってことはこれからするつもりだったの?」

「いや、するつもりはありませんでしたけど、どうせ捕まるなら
あんなことやこんな事をしてから捕まるに決まってるじゃないですか。
まだ触ってもいないんですよ!?馬鹿みたいじゃないですか」

「未遂でも立派な罪です。とは言え、その被害者がどうして逃げるのかしらね」

「そうですねえ。でも結構な美少女でしたよ。よく見えませんでしたけど。でもあれは
たぶん美人だ」

鉄格子越しにそんな会話をしていると、デボラの直属の部下であるコルベルが
あきれた様子でデボラの横に並んで牢の中の男をにらみつける。

「そう言う発言をここでしないでくださいって、もー。あんた自分の立場わかってます?」

「わかってますって。それで、出していただけるんですか?」

「今手続きしてきました。まったく、これがはじめてだからよかったものの…」

コルベルがブツクサ言いながら牢の鍵を回して扉を開けてやると、
男は顔の面積の割合にはやや大きめの眼鏡を指で押し上げながら牢から出る。
そうして大きく伸びをすると助けてくれた二人へ満面の笑みで言った。

「あ〜りがとうございます〜!はー!身の潔白が晴れるって清清しいですねえ!
とても良い経験になった!」

「ひとつ間違えれば処刑だったんですからね…。あなたがたまたま特別だっただけで…」

「いやあ、久しぶりに『ストラス』の名前に助けられました。悪いことばかりじゃないですねえ」

ストラスというのは男の名前であるが、男自身の名前ではない。
この世界にはこうした人間が片手、或いは両手で数えられる程度だが存在する。
ストラスは苦虫をかんだような表情のデボラから、手のひらに乗せられている
小さなおもちゃのような『槌』を受け取ると器用に指で1回転させた。
びゅっと風を切る音とともに槌は柄の長い槌へと変わり、ストラスはそれを
まじまじと観察し始める。

「ふむふむ、乱暴には扱われていなかったようですね、よかった」

「当たり前よ、それを乱暴に扱う人間なんて存在するわけが無いじゃない」

「いやいや、結構いるんですよ。乱暴なヒト」

薄暗い牢は処刑場の地下にあり、三人は看守に軽く頭を下げて地上への階段を上り始めた。
看守はその会釈に返事をするように同じく頭を下げたが、その視線の先は
ストラスのほうへ向いており、あの処刑人であるデボラとコルベルが仲良く談笑している
事と、ストラスが本物のストラスであった事に少なからず動揺していたからである。
『珍しい』と言うのはよくも悪くも有名で、いろいろなことに巻き込まれやすい。
今回もその本の一例に過ぎないが、三人は看守がそんなことを考えているとは
ついに知ることも無いまま、処刑場のロビーまでやって来た。
ストラスの前を並んで歩いていたデボラとコルベルはほぼ同時に後ろを振り向いた。

「ここからは自分で戻れるでしょう」

「もちろん。最後まで二人に挟まれてちゃあ生きた心地がしませんから」

「それにしても…ストラスさんを変質者だって言った女の子どこに行ったんでしょうね?」

「そうね。いたずらにしてはタチが悪いものね」

「まあまあ。本当に襲われるかもしれないって、思ったのかもしれないですし、済んだことですからいいじゃないですか」

「まあ、ストラスさんがそう言うのであれば…」

ストラスが二人を諌めるのでコルベルは仕方なしにうなずくしかなかった。
実際、ストラスが言う少女を探し出そうにもストラスはまともに顔を見ていないし、
少女が叫ぶのを聞いた住人たちも不思議なことにその顔を見ていなかった。
ただ、髪の長い少女だったとそれぞれが口を揃えるばかりだったのだ。








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