10
「わ、わかる…けど」
「野盗とご対面する前に身の危険が傍にあるんですよ?大丈夫ですか?」
僕、とストラスが自分を指さす。
シヴァは迷っているようで言葉のキレが悪い。
呆れた顔で二人を見つめるセシリオはフルフルの横まで歩いてきて
肘で小突く。
フルフルは事の成り行きを待てと無言のまま二人を見つめつつも
セシリオへ手を挙げて制止させた。
「そ、そもそも変な事しないでよ!馬鹿じゃないの!?」
「そんなこと言われましても。こればっかりは本能の成せる業と言いましょうか…
君だって好きな男の子がいたら手をつないでほしいとかあるじゃないんですか?」
「それは、そうだけど…それとこれとは話が別でしょ!?」
「まあそうですね…これ以上君をいじめるの可哀想ですし、条件を出しましょう。
それができたら連れて行きます」
「ほ、ほんと?!」
そう言ったストラスの様子が芝居じみているのに気が付いてフルフルが眉間にしわを寄せる。
その辺りの小さな変化がまだセシリオにはわからないらしく、黙って見届けているだけだ。
よからぬ空気を感じていたフルフルだったがストラスが一度もこちらへ視線を送らないので
セシリオと同じく口を挟むまいと意識はストラスたちの方へ向けたまま、ゆっくりとまた自分の準備を再開した。
「キスしてください。そしたら連れて行きます」
「えっ」
「出来ないならいいんですよ、連れていきませんから」
ストラスはじっとシヴァを見つめている。
今度は笑いもしないし視線もあちこちへ移さなかった。
冗談を感じられなかったシヴァは突き付けられた条件に気が付いたら体が震えていた。
女の子なら一度は思い描くファーストキスの夢がこんなところで壊されそうになっているのだ。
目にも涙が浮かんできて悔しくて泣きだしそうになったが小さく鼻をすすってなんとか
涙が流れるのをこらえる。
これにはさすがのセシリオもまずいと感じ、ストラスを止めようと動いたが準備を再開していたフルフルが、
セシリオの腕を無言で掴んで止める。
暫く立ったまま動かないでいたシヴァは覚悟を決めたらしく、ストラスを睨みつけた。
キスをしろとは言われたが睨むなとは言われていないのだから、それくらいの
抵抗はしてもよいだろう。
床に胡坐をかいて座っているストラスへゆっくり近づきシヴァは長い髪が邪魔にならないように指で耳にかける。
じっと見つめてくるストラスと視線を合わせたくなくてぎゅっと瞳を閉じて唇をストラスへ
近づけた。
あと数センチ近づければストラスの唇に触れるだろうと思った時だった。
大きな手がシヴァの顔を抑え、ストラスの唇ではなく、掌へキスをしてしまった。
驚いて目を開けるとげんなりした表情のストラスがいて、ストラスは少しいらだたしげに
フルフルへ文句を垂れた。
「ちょっとフルフル、なんで止めてくれないんですか」
「いいじゃん。いっそしちゃえば。そんで一度処刑場にぶち込まれて反省したらいいじゃない」
「いやですよ。あそこ寒いんですよ」
「だからみんな反省するんでしょ?意地悪すぎるのよストラスってば」
「じゃあフルフルがちゃんと言い聞かせればいいじゃないですか!」
「すまん」
低い声で短くフルフルは言ったがどこかの誰かのような声真似でストラスは機嫌悪そうにむっとする。
キスを回避できたシヴァは悔しいのか怒っていいのか悲しいのか頭の中が混乱して感情が噴き出すと一気に涙が零れて大声を上げて泣き出した。
「うわ、うわあああん!」
「あ〜ストラス泣かした」
「こんなので泣くならやっぱり連れていけないですね諦めてください、はいセシリオさん連れてってください」
「お、おう…悪いな」
「イエ、コチラコソ」
言い聞かせるよりも無理難題を押し付けて諦めさせたのだと気が付いたセシリオはストラスへ
感心していたら急にバトンタッチされ、いくらかバツが悪そうに泣きじゃくるシヴァをなだめにかかる。
すっかり悪者にはなってしまったがストラスは気にしていないらしくまた自分のサートを磨き始めた。
子供らしく泣きじゃくりながらセシリオに背中を押されて出て行ったあとの部屋は
とても静かだった。
もしエンケラドゥスがいたならばストラスが悪者になる必要はないと声を掛けただろう。
「これで諦めてくれたらいいね」
「そうですね………………」
ストラスが押し黙る。
フルフルは次の言葉をじっと待った。
「っあー!止めなきゃよかった!」
「はいはい残念でしたね」
結構本気だったストラスへ面倒くさそうにフルフルは相槌を打った。
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