天井まで届くかと思われる本の貯蔵量に口が開きっぱなしになりそうになったのは
ここを初めて訪れた時だった。
移動式のはしごを使って、ストラスは今では手慣れた手つきで
いくつかの関連書物を選び取って下まで降りる。
下ではテーブルいっぱいに広げられたその他の本を開きっぱなしにして、
エンケラドゥスとフルフルが調べたことをかたっぱしからメモしていた。

「あのシヴァって子の話だと、手を添えただけで牢の鍵を『溶かした』って言うけど
魔術なんてほんとにあるの?」

「今じゃもう衰退しているみたいですけど、使える人はまだ残ってるみたいですねえ。
ただ、本当に魔術を使ったどうかまではわからないのではっきり言えないですけど」

「魔術じゃない?それならなぜ魔術の本を片っ端から調べているんだ」

「『魔術じゃない』って事を知りたいんです。そうでないなら違う方面から調べられるし、
そうなると手詰まりなんですけど」

「魔術であることを願う、か」

ふむ、と広げたメモ用紙をペンで叩きながら思案したエンケラドゥスはちらりとストラスを盗み見た。
フルフルがその横で一生懸命何かを書き綴っている。
恐らく火力を操る魔術の記述を見つけたのだろう。
ストラスが読んでいるのは魔術の本かと思いきやフロウル武器生成に関する本だった。

「ねえ〜これ魔術で溶かすにしてもかなりのエネルギー…ってストラス全然違う本読んでるし!」

「え?なんか面白そうだったんで」

ストラスはフルフルが腹を立てているにも関わらず本から目を離さず、
ペラペラとめくっては時々指で文面をなぞっている。

「真面目にやってよも〜…………今あたしすごく背筋が凍ったんだけど」

「そうです?僕は熱くなってきましたけど」

「怖いから!って言うか面倒な方全部あたしたちに押し付けたな?」

「僕頭悪いんで、そういうのは二人が得意かなって」

「武器鍛冶の力…」

ハッとしたエンケラドゥスが呟くとフルフルは今まで苦労して書き綴っていたメモを
ぐしゃりと握りしめる。
勿体ないなあとつぶやいたストラスをキッと睨んでからエンケラドゥスを指さした
フルフルは寒そうに自分の体をさすりあげる。

「やだエンケラドゥス言わないで!あ〜鳥肌!」

「あっはっは、その鳥肌を信用して知り合いを当たりましょうか」

「え〜じゃあ今までの無駄!?」

「そんな事ないですよ。とっても必要です」


にっこりとストラスは笑って言ったが、フルフルは
今の今、ストラスの口車に乗って意味もない調べものをさせられたものだからいまいち信用できない。
だが、エンケラドゥスは意外にも、ストラスの肩を持っているようでフルフルをなだめにかかる。
仕方なし必用な情報だと言う事にしておいて、
いくらか羅列した魔術のメモとエンケラドゥスが書き綴ったメモとをひとまとめにして束にした。
ストラスは自分が選んだ本からはなにもメモは取らずにただ流し読んだだけのようだ。

「はー!人が多いとはかどりますねえ!」

「ほっとんどあたしとエンケラドゥスが調べたんだからね!」

散らかった机の上を片づけながら話していた三人は、
図書館を出てすぐに自分達のために用意された部屋に向かったがそれぞれの部屋へは入らず、ストラスの部屋に集まった。
一人一人に同じ規模の部屋を用意されたがそれなりの広さがあるので三人でいても狭さがあまり感じられない。
いっそ三人で眠ってしまっても問題がない広さだ。
ストラスはこの無駄に広い空間と、無駄に豪華な装飾と無駄に過剰な待遇が鬱陶しくて城にいることを嫌っていた。
もちろん他にも理由があるが今はフルフルにわがままを言うなと言われたので我慢するしかない。

「あの少女が逃がした罪人の男が本当に鍛冶師ならば数は絞られるし、デボラだって身元がわかるのでは?」

「正規の鍛冶師じゃないのかもね。修行中だったとか」

フルフルはストラスの部屋にあったソファよりも大きくて豪華な唐草細工の長椅子に
寝そべり、ほんの少し興味なさげに言った。

「そうですね。竜騎士、ドラゴンの涙、鍛冶師もどきの脱走…。スォード山脈集落の襲撃も偶然でしょうか」

「どうだろうな。すべてをつなげるのは早計だが、可能性が無いわけではない」

「本に書いてたんですけど、鍛冶師の武器生成って痕跡が残るんですって。だから武器の制作者がわかるらしいんですけど、今回はたぶんあの子の力を使ったんじゃないかって思うんです」

テーブルとセットになっているイスではなく、エンケラドゥスと同じく床に直に座り、
ストラスは行儀悪く臥せりながらメモ用紙を開いてぐりぐりと意味もなく円を描いている。

「ああ、手をかざしたら溶けたって言ってたもんね。それも確かめてみないとわからないけど、きっと残ってないでしょうね」

「巧妙だな」

「作戦的にはすごく単純なんですけどね〜。なんだか頭良いなあ」

「あのイフナースってやつ?」

「それもわからないですけど。彼ももしかしたら誰かに頼まれたのかもしれないですし」

「早計はいかんか」

「いかんですね」

ううむ、と唸ったエンケラドゥスの声は猛獣のようだったがストラスもフルフルも
聞き慣れていたので軽い調子で返事をした。

「ストラスはこれをどうする気だ?」

「はあ、…どうしましょうね」

「イフナースを追ってもいいけども、追ってどうすんの?」

「…まあ、竜騎士さんはどーでもいいんですけどスォード山脈のドラゴンの方は気になりますね」

ストラスが言う「どうでもいい」は心の底からのどうでもいいなので本当に興味がないのだろう。
三人が一緒になった期間は短くないのでストラスの少しの感情の変化もわかるようになっているし、ストラスも二人のことが多少なりとも分かってきた。
フロウルは単独行動を好むものが多いがこの三人はどう言うわけか気が合い、
学生の延長線のような細いようで太く長い付き合いを続けている。


「でもスォード山脈ならさぁ、カルンがいるんじゃない?」

「それなんですよね〜。行きたいけど怒られそうだなあ」

「カルン、ストラスのこと嫌いだもんね」

「なんで嫌われてるんですか?」

「知らないよ。聞いてないし」

「聞いてください…」

「やだよ。カルン怖いもん」

「僕が一番怖いんですよ、怒られるし」

むう、と口を尖らせたストラスは、テーブルに突っ伏したまま、
重くなってきた瞼を忌々しく思った。





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