なにより驚いたのはシヴァの方だった。
あらあ、また会ったね?と声をかけられて、一瞬なんのことがわからなかったが
店員だと思っていた相手が目深にかぶったフードを脱ぐとすぐにピンときた。
先ほど尋ねたフロウルの少女である。
シヴァは結局あきらめきれずに手が届かないとわかりつつも
あちこち宝石商を訪ねて歩き、ドラゴンの涙を譲ってもらえないかと無心していた。
勿論どこへ行っても鼻で笑われて軽くあしらわれたわけだが
丁度10件目でまさかまたあのフロウルと出くわすとは思いもよらなかった。

「こちらで働いているんですか?」

「んーん、ここに品物を卸してるんだよ」

シヴァはつとめて自然にふるまえるように心を落ち着けた。
そうだ、近所のおばさんがしていたように、日用品を買いに出かけた風を
装えばいいだけの話なのだ。
たまたま高価なドラゴンの涙を求めただけであって、なんらおかしいところもないはずだ。
だからシヴァが怯えたり不安になる必要はない。
堂々と胸を張ればよいのだ。
そう自分に言い聞かせてシヴァはなるべく早く宝石店をお暇しようと思った。
だがフロウルはそうはいかないらしくすぐに次の質問を飛ばしてきた。

「キミはドラゴンの涙を譲ってくれる人は見つかった?」

高価なものなのだからそんな奇特な人はいないとわかっているはずなのに
よくもそんなことを聞けるなと馬鹿にされた気がしてシヴァはいくらかむっとして思った。
意地悪をされている気分になったが不機嫌な表情をぐっとこらえて黙って首を横に振った。

「それは残念」

「それじゃあ、わたしは急ぐので」

「うん。よい旅を」

踵を返して店を出ようとしたら背中越しにそう声をかけられてどきりとした。
なるべく地元の人間に見えるような服を選んだつもりだったがフロウルにはそう
見えなかったらしい。
振り向かずに会釈だけしてシヴァは足早に店から離れて
すぐにリストにあるあと数件の宝石店の名前を眺めたがなんとなく足を運ぶのがためらわれた。
これまで色々と訪れた店のどこもよい返事をくれなかったからだ。
勿論それだけドラゴンの涙が高価で価値のあるものだからに違いないが
それ以上にシヴァが子供で文無しだというところに一番の問題があったのだ。
これではどこへ行っても鼻で笑われて終わるのは当たり前のことだった。
シヴァがいた集落では困っている人は助けるのが信条で
よほどのことがあるようならば無性でも相手を助ける人々ばかりだった。
それが山を下りてみればそれがとても特別なことだとわかった。
どこへ行ってもお金が、見返りが必要なのだ。
よく考えればわかりそうなことなのに、そう言ったことを見落としてしまうところが
きっと自分が子供だというのだろう。

(でも仕方ないじゃない。いつでも麓に下りられたわけじゃないし、
誰も教えてくれなかったし…)

そう考えながらとぼとぼと埃立つ大広間を歩いていたせいか、
シヴァはあたりがいつもよりも騒がしくとも気が付きもしなかったし、
自分の横を通り過ぎる男たちが自分が手を貸して逃がした罪人たちだとも
ついに気が付くことはなかった。







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