望月さんの言う通り、男はやがてスーッと地面に溶けて消えてしまった。
もう何が何だかわからなくて私は、目頭が熱くなってくる。
うつむき気味にぐすり、と鼻水をすする音を立てると頭の上に
暖かい手の感触が降りてきた。

「泣かないでいいんですよ。貴方が悪いわけじゃない。
貴方が責任を感じることじゃない。大丈夫」

「わたし」

「はい」

「わたしは」

「途中まで、お兄さんと一緒でしたね」

「今の、お兄ちゃんですか」

「違います。お兄さんはちゃんと随分前に迷わないで行きました。
迷わなくていい貴方が迷うから、俺がここにくることになったんですよ」

「貴方は誰なんですか?」

「俺は貴方の担当医です」

涙が流れると記憶の波が押し寄せて体から流れて出て行ってしまいそうなくらいに
膨大な情報が頭の中を駆け巡った。
家族で車に出かけた事、楽しく話しながら遠足気分で宿へ向かっていた矢先、
対向車線から車が向かって来た事。
運転席の後ろに座っていた私が一番被害をこうむらなければいけなかったのに
それを咄嗟に隣に座っていた2つ上の兄が覆いかぶさってかばってくれたこと。
その兄が亡くなり、私がこうして生きていること。

溢れる涙をぬぐって頭をあげようとした途端に目の前に嬉しそうな両親の顔が映った。
その向こうには白い天井があって、私は2、3度視線を泳がせる。
先ほどまで話をしていた望月さんがいない。

違う。

望月さんがいないのではなくて、私が意識を取り戻しただけなのだ。
何度も何度も私の名前を呼ぶ両親が愛おしくて手を伸ばしたらお母さんが両手でしっかりとつかんでくれた。
お兄ちゃんも、あのとき私をしっかりとつかんで離さなかった。
私は一筋涙を流しておはよう、と掠れた声でつぶやいた。
お父さんがおはようと私の頭をなでる。
望月さんの手とは違う、小さいころからよく知っているお父さんの手の感触。
ほおっとため息を吐いて私は、望月さんの言葉を思い出す。

『大丈夫』

お兄ちゃんは迷わずに行ったと言っていた。
迷わなくていい私が迷ってしまったけれど。

「私、どのくらい寝てたの」

「3日。主治医の先生がもうそろそろ目を覚ますと思いますよって言ってたけど
本当に…よかった」

「おにいちゃん」

「うん。おにいちゃん、お前をかばってたって。優しいお兄ちゃんだな。俺の息子だもんな」

「うん。お兄ちゃんにお礼言いたい」

「元気になったら、言おうね」

両親も私も涙を堪えきれずに嗚咽を漏らしながら話していた。
それでも私は両親よりはいくらかすっきりとした気持ちをしていたと思う。
あんなにも重い気持ちがすっかりと軽くなったのだから。




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