望月さんの手から解放された私の腕は、いつものように重力に反することなく定位置に収まる。
手首に巻きついてあったはずのあの紐がいつのまにか消えていて、
思わず手首を2、3度さすっていたら不意に望月さんが口を開いた。

「もう迷ってはダメですよ」

「わ、たしが迷ったん…ですか…?」

「…そうでなければあんなところにいないと思いますけど」

「…そうですよね…。あの。望月さんて死神なんですか?」

「あっちの世界ではね。こっちでは医者なんですけど」

「お医者さん!?えっ!?でもコンビニでバイト…」

「ああ、あれ。趣味です」

「趣味…でコンビニのバイトできるんですか?」

「さあ。でも現実に出来てますし」

だから白衣を着ているのかと納得して私はすぐに思い直した。
あっちの世界、って、何?

「あっちの世界ってなんですか?」

ここでうやむやにしては二度と聞けない気がしたのですぐに質問する。

「あのマスターとかがいる世界です。ちょっと不思議でね。俺そう言うの見えるって言うか……」

「そういうの、って…言うのは」

「別に地獄とか、死者の世界とかそういうんじゃあないですよ。
でも…うーん。俺も説明はちょっとしにくいな…なんて言えばいいんだろうか。
でもとにかく君には危ないところだからあまりうろちょろしない方が賢明だと思います」

「うろちょろするなって…私の家すぐそこなんですけど」

「うん。だから意識をなるべく家に向けて帰宅するようにしていればあの路地が現れる事はないですから」

はあ、と気の抜けた返事をしたら望月さんは本当ですよ?と念を押してきた。
私が信じていないと思っているらしい。
いや、実際信じられる話ではないのだから当たり前の反応と言えば当たり前なのだけれど、いきなり記憶が飛んで足を運んだ覚えのない店にいて、よくわからない話をされればかかわらない方法があるなら誰でもそれを信用するに決まっている。
…多分。
あとなんとなく無条件に『医者』と言う人は信じてしまいそうになる。
ただし今のところ自称なのだけれど。

「それじゃあ俺バイトがあるので」

「あ、はい」

望月さんがまたあのコンビニへバイトに行ってしまった。
私は先ほど聞かされた意識を家へ集中させる、を遂行するため、
口の中で何度も何度も『家に帰る』を繰り返すのだった。


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