私は望月さんと呼ばれたコンビニの店員さんの胸についているネームプレートを
思わず確認してしまった。
オレンジ色の照明で少し見にくいが確かに望月とプリントされている。
そんな望月さんの後ろに女の人が立っていて少年はイソイソとその女の人へと近づいた。

「マスター、望月さんがあ」

「いけない望月さんね。神田部長に言いつけるわよ」

「その部長からの命令なので問題ないです」

「あらやだ。そんなに大事なの。この子」

このこ、とちらりと私を見る女の人。
首の周りにフワフワの毛皮を巻いた茶色のポンチョ風の上着に
黒のストッキング、真っ白いスーツを着てなんだか派手な出で立ちだ。
つやの良い髪の毛はきれいにウェーブがついていて同じ女の私でも『美人』と口走りそうになる。
小さくほんのり赤い唇が動くとそこからは心地よい高さの声が響いてきた。

「ごめんなさいね。うっかりうちのお客さんだと思ったの」

「わかっていただけたらいいです。さあ、出ようか」

「え?!あ、はい…」

私は促されて、望月さんに二の腕を掴まれて椅子から立ち上がる。
ぐいぐいと引っ張っていくので何度か足がもつれて転びそうになるのを必死に耐えるのが大変だった。
そして望月さんが店の扉へ手をかけたところでマスターの女の人がそうそう、と
ひときわ高い声を上げた。

「外は危ないから気をつけてね」

「どう言う意味ですか」

「私は何もしていないわよ。ただ騒がしいから。私から忠告をと思って」

「…ご忠告有り難うございます」

含みのある言い方に望月さんが警戒して眉をひそめるとマスターは
少しあわてた様子で付け加えるように言った。
望月さんは、何かを探るようにマスターを見つめていたけどやがてため息交じりに
礼を述べる。
私はと言えば何がなんだかわからないし、家の近くには交番があって治安もそれほど悪くないのだがと一人で考えていた。
ぐいぐいと腕を引かれ、店の外に出るとその先に薄暗い路地が続いている。
一応街灯はついているがチカチカとついたり消えたりを繰り返していて照明としてはかなり頼りなかった。

「あ、あの」

「もう少しだから我慢してもらえる?」

「は、はい…」

私が腕を離してほしいと言うのが分かっていたらしい望月さんは後ろを歩く私を振り返らないまま短く答えた。
なんだか気圧されている気がしたが大人しくその言葉に従い、腕を引かれていたらようやくあたりが明るくなっていつもの通りへと出ることができた。
びっくりしてすぐに後ろを振り向いたらまた電信柱がそこに立っていて
人一人が通れるくらいのあの薄暗い路地もきれいさっぱりなくなっていた。

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